その時、瞬の側にいたのは俺だけだった。
紫龍は五老峰、氷河はシベリア、一輝は例によって、どこをほっつき歩いてるんだか見当もつかず。
沙織さんは、みんなに招集をかけた。
時間は──あんまり残されていなかったから。

最初に来たのは紫龍だった。
瞬は、半信半疑で病室に赴いた紫龍に、春麗と仲良くするようにだの、自分の分も沙織さんに力を貸してやってくれだの、まるで遺言みたいなことばっかり言ったらしい。
瞬の病室から出てきた紫龍は、なんだかひどく複雑そうな顔をしていた。
瞬の冷静さが、強さなのか諦めなのかが判別しきれてないみたいに。
実際、瞬は、不治の病の罹病者としては優等生の態度を保っていた。


氷河とはなかなか連絡がつかなくて、やっと奴を捕まえられたのは、瞬の入院から1週間以上が過ぎてからだった。
氷河がシベリアから日本に連絡を入れる設備はいくらでもあるのに、奴がその文明の利器の側にいようとしないせいで、そんなことになった。

氷河がやっと掴まったと知らせた時、瞬は、病院の白いベッドに上体を起こして、ごくごく薄く笑った。
「兄さんは──大丈夫だと思うんだ。一度大切な人を亡くして、それを乗り越えてるし、プライドが高いから、“最愛の弟”を失ったせいで壊れるなんて、誰でも予想しがちなみっともないことは、意地でもしないと思う。でも氷河は──」

氷河はどうするんだろう。
瞬が消えてしまったら。
俺には想像もできなかった。
無表情にその死を受け入れるかもしれないし、狂ったように泣きわめくかもしれない。
そのどっちもがありえそうで、だから、逆にわからない。

瞬も、そのあたりの想像力は俺と同じレベルだったと思う。
ただ瞬は、俺と違って、氷河がこれまでに失った者たちに思いを馳せるということをして、そして、
「もっと慣れてるかなぁ……」
──と呟いた。

「あいつは、でも、学習能力ないからな」
「星矢にそんなこと言われるようじゃ、氷河もおしまいだね」
「どーゆー意味だよ! 俺を氷河なんかと比べるなよ!」
俺は、氷河とは違う。
俺は、文明の利器は電源を入れておかないと何の役にも立たないことくらい知ってる。

氷河と同レベルに扱われる侮辱に腹を立てて、ぷっと頬を膨らませた俺に、瞬はまた、あの気弱な微笑を──それは、ほとんど瞬の癖になっていた──を向けてきた。
それを見せられると、俺は、膨らませた頬をへこますしかなくなる。

「氷河に泣きわめいてほしいのか……?」
俺が尋ねると、瞬は微かに横に首を振った。

「……ううん。ただ」
「ただ?」
「時々思い出してほしいだけ……」

それが我儘だということを、瞬は自覚しているらしい。
その ささやかな我儘──を瞬が口にしたのは、それが強制しても叶わない我儘だとわかっていたからだったろう。

それからもう一つ、瞬は我儘を言った。
「病院で氷河に会いたくない」
──と。
治療方法がないという絶望的な理由で、医者は瞬の我儘を許した。






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