瞬は自分の死後の注意事項を氷河に語り続け、氷河は瞬に頷きもしない。 二人の懇談(?)は、ずっとそんなふうだった。 氷河が瞬の前で狂態を演じる危険だけはなさそうだったんで、二人を二人きりにしてやるために場を外したこともあったけど、ひたすら沈黙しているばかりの氷河にめげた瞬に、俺はすぐに呼び戻された。 氷河は、日に日に不機嫌になっていってるみたいだった。 そんな数日を過ごした後のある日、氷河はふいに──ほんとに突然、 「俺は、おまえが好きだった」 と瞬に言った。 氷河もやっとその気になったかと、俺はむしろ安堵して、急いで瞬の部屋を出ていこうとしたんだ。 その俺を引き止めたのは、なぜか既に過去形の愛の告白に続いて氷河が口にした、 「だが、今のおまえは、俺の好きになったおまえじゃない」 ──っていうセリフのせいだった。 氷河の意図がわからなくて混乱し始めた俺以上に、氷河の言葉に衝撃を受けたに違いない瞬が、震える声で尋ねる。 「それは……僕がもうじき死ぬから?」 「俺が好きだった頃のおまえだって、いつかは死ぬおまえだった」 氷河は何を考えて、急にそんなことを言い出したんだろう? いや、そもそもこいつは、何かを考えているのか? 俺は向かっ腹が立って仕方がなかった。 それは、もうすぐ死んでしまう人間に言っていいセリフじゃない。 俺はそう思った。 思ったけど──。 「俺が好きなおまえは、決して叶わないような夢や理想を、本気で信じているおまえだった。そのおまえが、自分の死に関しては、最初から諦めて抗おうともしないんだな」 氷河は、無思慮にそんなことを言いだしたわけではないようだった。 「……夢だの理想だのを叶える時間は、僕にはもうなくなってしまったんだ」 瞬が、あの、気弱な笑みを作って、氷河に向ける。 氷河は──氷河の奴は、あからさまに嫌そうに、そんな瞬から視線を逸らした。 「それより早く俺が死なないと誰に言える。俺はそれでも──」 それでも、氷河は、夢や理想や希望を抱いているんだろう。 そして多分、氷河の夢や希望の傍らには、いつも瞬の姿があった──今もある。 氷河は、それを──自分の夢を壊してしまった瞬に逆恨みでもしているんだろうか? そこまで氷河は自分勝手な奴だったろうか? 困惑する俺なんか気にもとめていないような態度で、氷河は言葉を続けた。 「おまえは、自分の夢や希望に見切りをつけた時点で、既に死んでしまったようなものだ。死人と話しても何にもならない。だから、俺はもうおまえには会わない」 「氷河……」 瞬は──瞬は、残される者たちの気持ちを穏やかにするために、心を砕いていたと思う。 自分のことなんか少しも考えずに。 なのに、氷河はそれが気に入らないらしい。 翌日から氷河は、本当に瞬に会おうとしなくなった。 |