いずれにしても、氷河に拒絶された瞬の落胆は、半端なもんじゃなかった。
それが瞬の身体に良くないことはわかってたから、俺は、自分の本音を隠して、氷河に言った。
「おい、氷河。おまえ、ちょっときつすぎるぜ。時間はあんまりないんだ。少しでも瞬の側にいてやれよ」

「…………」
氷河は、何も答えなかった──すぐには。
長い沈黙のあとに、やっと口を開く。
「だが、本当に、あれは俺が惚れた瞬じゃない。俺が惚れた瞬は──」

氷河が惚れた瞬──。
それは、いったいどんな姿をしていたんだろう?
瞬は以前とおんなじで、今も優しくて強い──と思う。
一見したとこじゃ、何も変わっていないような気がする。

だけど、確かに瞬は変わってしまっていた。
自分の死後のことしか語らない瞬。
もう変わらない──変えられない過去の思い出をしか語らない瞬。

それは、確かに、氷河が好きになった瞬じゃないんだろう。
本当は、俺も紫龍も、氷河とおんなじ気持ちでいた。

だけど、瞬に今以上の強さを求めるのは残酷なような気もしたんだ。
もうすぐ死ぬのに、あんなふうに普通に・・・してられるだけでも、瞬は立派じゃないか。
自分自身の命の痕跡を綺麗に消し去ろうとして、周りを気遣って。

世の中には、こんな時、自分の死の恐怖でいっぱいになって、友だちはおろか、家族のことも恋人のことも考えられなくなるような弱い人間はいくらでもいる。
これまで他人の死を幾つも見てきたっていったって、まだ10代の瞬が、これだけ冷静でいられるってのはすごいことだと思う。

──でも。

俺はふいに、昔、誰かに教えてもらった話を思い出した。
いや、“誰か”じゃない。
俺にその話をしてくれたのは瞬だった。

画家だったかデザイナーだったか、とにかく、70過ぎのじいさんが、
『私は、ご覧の通り、間の抜けた年寄りだが、私の頭の中には、少なくともあと百年分の計画があるんだ』
とか何とか豪語してたって話。

『見習いたいね』って、あの時、瞬は、すごく明るい目をして、俺に言ったんだ。



** 建築家 ル・コルビュジエの晩年の言葉です



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