「瞬を本気で怒らせると恐いから、おまえも気をつけた方がいいと、今更ながらなことを、ペガサスに言われたぞ。おまえの仲間たちも、実はおまえを恐がっているらしいな」 「一度は倒した相手にへいこらして機嫌取りをしても、罪滅ぼしになるわけでもなし、みっともないことこの上ないと、ドラゴンが言っていた」 「キグナスは、おまえの口から俺たち暗黒聖闘士の話を聞いたことが、ほとんどないそうだ。おまえ、今の今まで、自分が倒した敵のことなんてすっかり忘れてたんだろ? 案外薄情な奴だと、キグナスもぼやいていたぞ」 固く結ばれた信頼と麗しい友情がどれほど堅牢なものなのかを試すように、ブラックアンドロメダは、翌日から、信憑性のありそうな嘘を繰り返し瞬の耳に囁き始めた。 人の心は、もろく弱いものである。 ブラックアンドロメダが自分たちの世界を壊した者たちを憎む心さえ、生き延びることに必死になっている時には、忘れそうになったことが幾度もあった。 ブラックアンドロメダがそれを風化させてしまわなかったのは、それがなければ彼自身が生きていられないから──彼自身の存在意義が失われてしまうから──だった。 憎しみでさえ、そうなのである。 信頼や友情などという、おめでたい人間にしか持ち得ないもの共は、更にもろいもののはずだと、ブラックアンドロメダは確信していた。 そして、ブラックアンドロメダは、その もろく 美しいものたちを、瞬の手から奪い取ってやりたかったのである。 そうすることができた時、自分はアテナの聖闘士たちに真に勝利することになる──。 ブラックアンドロメダはそう思っていた。 「奴等、仲間に対して、案外辛辣だな。実はおまえ、奴等にかなり嫌われてるみたいじゃないか」 瞬は、ブラックアンドロメダにそんな言葉を耳打ちされるたびに、一瞬きょとんとして、首をかしげた。 だが、すぐに何事もなかったような笑顔に戻る。 ブラックアンドロメダは、瞬のそんな反応を、最初のうちは、虚言によって生まれた不信や傷心を隠して、無理に平気な振りをしているのだと考えて、悦に入っていた。 だが、瞬の仲間たちへの態度が全く変わらないことで、やがて彼は気付いたのである。 瞬は、ブラックアンドロメダから伝えられる仲間たちの言葉を、すべて好意的に解釈するか、あるいはただの聞き間違いだと思っているらしいことに。 瞬は、仲間たちの胸中に、自分に対する悪意が存在することを、天から信じていない。 瞬は、仲間たちに不信の念を抱いてもいなければ、傷付いてもいない。 瞬が全く傷付いていないということが、ブラックアンドロメダの神経を逆撫でした。 |