秋の恋






もの思う秋。
秋という季節に多くの人がセンチメンタルな気分になるのは、夏の暑さというストレスを感じることがなくなったために心身に余裕が生まれるから──というだけのことではないだろう。

限りある命を謳歌するように鮮やかな緑に輝いていた木々の葉が、かさかさと水気のない音を立てて大地に還っていく季節。
新しい命を養うために自らの存在を消し去るものたちの姿を、朝となく昼となく夜となく目にすることの多くなる季節。
そんな季節には、人は、命のあり方とその意味を、静かに深く考えずにはいられなくなるのかもしれない。

ともあれ、アテナの聖闘士たちが暮らす城戸邸周辺にも、そういう季節が巡ってきていた。

半開きになったフランス窓の脇の籐椅子に腰をおろし、秋の庭の風情をぼんやりと見詰めている瞬の横顔には、どこか寂しげな、憂いのようなものが漂っていた。
こころもちかしげられた首から肩のラインは、瞬の年代の男子のそれにしては細く頼りなげで、瞼には ほの白い翳りが射している。

氷河は、その姿を視界に入れた最初の一瞬に、ごく軽く、奇妙な違和感を覚えた。
俗な言い方をするなら、その時の瞬は妙に色っぽく、氷河は、そういう雰囲気を身にまとった瞬の姿を、滅多に見たことがなかったのである。

「瞬、どうかしたのか?」
「あ、氷河!」
心ここにあらずで外を眺めていた瞬の耳には、氷河の作った低いノックの音は届いていなかったらしい。
名を呼ばれて初めて、瞬は、氷河の声に弾かれるようにして、その顔をあげた。
その時にはもう、瞬の表情には憂愁の風情はなく、瞬はいつも通りの明るく元気な瞬になっていたが。

「どうした……って?」
氷河が見慣れた屈託のない表情に戻った瞬は、僅かに首を傾けて、氷河に尋ね返してきた。
その様子は、すっかりいつもの瞬である。
突然目の前に現れた、“いつも通りの瞬”。
その一瞬の変貌は、氷河の戸惑いを更に大きくした。

「妙に色っぽ……いや、何か悩みごとでもあるような顔をしていた」
「そう? 僕、別に……。秋になったなぁ──って考えてただけだよ」
瞬のその返事に、氷河が微妙に唇を歪める。
『秋になったなぁ』くらいのことが、普段色気というものに全く縁のない人間を、あれほど艶めかせるものだろうか。
不機嫌そうに黙り込んでしまった氷河を見て、瞬は、少々右側にかしげていた首を更に5度ほど傾けることになった。

「氷河?」
「俺に隠しごとはするなよ?」
「──」
微妙な言葉とイントネーションで再度尋ねられた瞬が、しばし ためらってから、彼を艶めかせていた原因を口にする。
「隠しごとでも悩みごとでもなくて……最近、兄さんから連絡がないから、どうしてるのかな……って思ってただけ」

途端に、氷河は、あからさまに口をへの字に曲げた。
あまりにわかりやすい氷河の反応に、瞬が小さく吐息して、両の肩をすくめる。
「だから、言いたくなかったのに……」

普段色気皆無の瞬に、あんなにも憂いと艶を生じさせていたものが、よりにもよって“それ”だと知っていたならば、氷河とて、瞬にその理由を尋ねたりなどしなかった。
そんな愚行を犯すほど、氷河は馬鹿ではないのだ。






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