触れられることで受ける感覚を全て味わい尽くそうと思う時、視覚という機能はむしろ邪魔である。 だから、瞬はいつも、その時には固く目を閉じる──らしかった。 瞬が、その瞼をゆっくりと開けたのは、氷河がふいに、何の前触れもなく、愛撫の手を止めたからだった。 「氷河……?」 瞬の頬は薄紅色に上気し、その瞳は熱っぽく潤んでいる。 中断された愛撫に焦れて身悶える その様子は、“色っぽい”と言えないこともない。 言えないことはないないのだが、それは、恋する者の切なさも妖しさもない、妙に明るい色気だった。 どうせしばらく待てば、自分を組み敷いている男が自分を気持ちよくしてくれると確信している余裕が、そこにはある。 そんな瞬を氷河が無言で見おろしていると、瞬は熱に潤んでいた目の視点を徐々に合わせて、半ば喘ぐように、氷河に尋ねてきた。 「氷河、意地悪したいの?」 「…………」 自分をその身体の下に敷き込んでいる男の胸に ためらいがちに指を伸ばし、首をかしげて そう問いかけてくる瞬は可愛い。 殺人的に、凶悪なまでに可愛いのだが、そこに色気は皆無。 恋する者の切なさもやるせなさも、瞬の態度と表情には全く含まれていない。 瞬は、実に明るく健康的に、自らの腰を氷河に押し当てて、互いの身体が焦れていることを氷河に思い出させようと努め始めた。 氷河がそれでも動かずにいると、瞬は今度は、ひどく心配そうな目をして、氷河の顔を覗き込んできた。 「氷河、具合い悪いの?」 潤んで甘えているようだった眼差しと唇を昼間のそれに戻して、瞬が上体を起こそうとする。 氷河は慌てて、瞬の肩をシーツの上に押し戻した。 そのまま、瞬の身体を開かせて、瞬の中に押し入る。 「氷河、ほんとにどうか……ああ……っ!」 いつもとテンポの違う交接に、瞬は何か言いたそうだった。 が、それはすぐに、瞬自身の喘ぎと荒い息とに遮られてしまった。 瞬の喉と唇から漏れるものは、やがて嬉しそうな歓喜の声に変わっていく。 瞬の肩口に唇を押しつけるようにして瞬とつながったまま、氷河は低い声で瞬に尋ねた。 「気持ちいいのか?」 「うん」 瞬が喘ぎながら、氷河に頷いてみせようとする。 もっとも瞬の身体は瞬の意思に反して、頷くのとは逆の方向に、むしろ反っていってしまったのだが。 氷河の背にまわされた瞬の手は、それぞれの指先が熱と力を帯び、氷河にきつくしがみつこうとしていた。 「気持ちいい。すごく気持ちいい。嬉しい」 昼間向けの判断力を見失ったような声音で告げられる瞬の言葉は、決して嘘ではないだろう。 氷河自身、瞬と身体を交えるのは好きだった。 瞬にとってそうであるように、それは氷河にとっても至極“気持ちのいい”行為だった。 しかし、見事なまでに明るく健康的かつ正直で開けっぴろげな瞬の返答を、今日の氷河は素直に喜ぶことができなかったのである。 氷河が求めているものは、たとえば、側にいてくれない兄を思って瞬が見せる憂いのような、秘めやかで大人びた──恋する者のそれだった。 小学生の良い子の返事など、氷河は欲しくなかったのである。 しかし、まさかここで瞬に、『色気が足りない』と宣告し、やり直しを命じるわけにもいかない。 少し──否、多分に──苛立ちに支配されて、瞬を乱暴に揺さぶると 瞬はますます感極まって、その言葉通りに、嬉しそうな嬌声をあげた。 それは、憂いや翳りや淫靡淫楽等、“色気”というものを形成する類の要素を全く伴わない、極めて陽性の歓びの声だった。 |