そんな夜を過ごした翌日は──翌日も──当然のことながら、季節は秋である。
瞬を、“恋するオトナ”にできない自分自身の無力への苛立ちのせいで、氷河は朝から不機嫌だった。

「なんだ? いつになく険しい顔だな」
そんな氷河を認めて、彼に声をかけてきたのは、某龍座の聖闘士だった。
一緒にラウンジに入ってきた星矢が、氷河の代わりに、紫龍の質問に答える。
「あー、あれだろ。世間は、もの思う秋とかいう季節らしいし、普段何にも考えてない氷河でも、この季節には色々思うことがあるんだろ」

普段どころか緊急時にも何も考えない星矢にだけは、そういうことを言われたくない。
星矢の導き出した勝手な答えに憤り、仲間の頭を殴り飛ばそうとした氷河の機先を制したのは、これまた某龍座の聖闘士だった。
それは、星矢の勝手な推測より、幾らかはマシなセリフだった──かもしれない。
「で、当然、おまえにそんな顔をさせているのは、恋の悩みとか言うやつなんだろうな? 今夜の晩メシのおかずのことを考えて憂いに沈んでる──なんてのは、いくら季節が秋でも許されんことだぞ」

「…………」
恋の悩みの引き合いに夕食のおかずを持ってこられることには、多少どころでなく、かなり腹が立ったのだが、ここで紫龍の言を否定して、サンマの脂の乗りを心配していると決めつけられるのも癪である。
なので氷河は、とりあえず、仲間たちに正直に思うところを口にした。
「瞬に色気がない」
──と。

「へ?」
星矢だけでなく紫龍までが、虚を衝かれた間抜け顔になる。
それほど、氷河の“もの思い”の内容は、彼等にとって意外なものだった。

氷河が、仲間たちの反応には委細構わず、彼の言いたいことを一気にぶちまける。
「瞬は、きっと本当は、俺を好きでも何でもないんだ。ただ、自分が一人でいなくて済むように、自分の身近にいた奴の中から、適当に見てくれのいい相手を見繕って、それがたまたま俺だっただけに違いない。惚れてないから色気も出ない。つまりは、そういうことだ!」

「あのなぁ……。適当に見繕って、自分の相方に男を選ぶか、フツー。瞬は男だぞ」
この毛唐は突然何を言い出したのかと呆れたていで、紫龍がぼやく。
氷河がぶちあげた“もの思い”の中に、さりげなく紛れ込んでいる彼の容姿への自負は、紫龍はあえて無視した。
「なんでまた急に、そんな突拍子のない考えが湧いてきたんだ。まさか瞬が自分でそんなことを言ったわけじゃないだろう?」

「見てりゃわかる。嘘でも惚れた相手がいたら、色気が出てくるもんだろう、人間ってのは。なのに、瞬ときたら、俺とそういうことになってから、むしろガキに戻ってるみたいじゃないか!」
まるで手頃な保護者を見付けた子供のように、である。
しかし、氷河は、瞬の兄ではあるまいし、瞬の保護者になったつもりもなければ、なりたいと思ったこともなかったのだ。

憤懣やるかたなしと言わんばかりの氷河の様子を見て、紫龍は大きな溜め息をついた。
「つまり、何か? 瞬が色っぽくないことが、おまえの中にそんな馬鹿げた不安を生じさせたということか?」
「馬鹿げてて悪かったな」

『その通り、悪い』と、紫龍は本当は言ってしまいたかったに違いない。
が、彼は、そんなつまらない結論を口にするようなことはしなかった。






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