「氷河、部屋に散らかしてたCDの整理は済ませたの?」 「ああ。ついでに、DVDもMDもオーディオルームのキャビネに戻しておいた」 「そう……。なら、いいけど……」 明らかに、瞬は、自分の仕事を奪われて、手持ち無沙汰でいるようだった。 その夜、ラウンジのソファに腰をおろしてからも、瞬は、落ち着かない様子で、視線をあちこちに飛ばしていた。 とにかく、“聞き分けのいい氷河”が、瞬にはなぜか快適なものではないらしい。 氷河はといえば、どうにも落ち着かない 「な……なに?」 瞬は、氷河のそんな視線にさらされていることに堪えられなくなったようだった。 氷河にそう尋ねる瞬の声は、微かに掠れ震えていた。 「いや」 答えながら、氷河が、瞬の腰掛けている一人掛けのソファの脇にまわる。 彼は、それから、腰をかがめて、瞬の耳許に顔を近付けていった。 「他に何か用はないのか?」 「え……」 「飲み物は?」 「い……いらない」 「遠慮せずに、もっと俺を使っていいんだぞ。俺の身体は、おまえの望みを叶えるためにあるんだから」 「あ……」 あと数センチ近付けば、氷河の唇が瞬の髪に触れる──その距離に気付いた途端に、瞬は、力任せに氷河の肩を押しやった。 「側に寄らないでっ!」 瞬の手ではなく言葉に従って、氷河が、瞬の方に傾けていた身体を起こす。 自分が動かなければ、氷河との間に安心できるだけの距離を置けないことを悟ったらしい瞬は、掛けていた椅子から立ち上がって、その場から2歩3歩後ずさった。 が、そうすることで氷河との間に距離は置けても、それで彼の視線から逃れられるわけではない。 瞬は、平生の彼らしくないきつい口調で、氷河を怒鳴りつけた。 「もう、僕を見ないでよっ」 「それは命令か」 「そ……そうだよ!」 「わかった」 瞬の命令に、今の氷河は絶対服従しなければならないことになっている。 頬を真っ赤に染めている瞬に頷くと、氷河は、瞬の脇を擦り抜けてラウンジのドアに向かって歩き出した。 氷河にあまりにあっさりと引き下がられて、瞬は少なからず戸惑い、混乱し、そして不安になったらしい。 瞬は、自分を見るなと氷河に命じた舌の根も乾かないうちに、その命令を撤回してしまっていた。 「ま……待って。今の取り消す」 「いいのか、おまえを見ていても」 「う……」 再度氷河の視線を正面から受けとめることになった瞬は、ふいに泣きそうな顔になった。 すべては自分の蒔いた種。 それがわかっているから、瞬は、前言を撤回することは、もうできなかった。 かといって、氷河の視線の向く場所にい続けることにも耐えられない。 どうすればいいのかを迷ったあげくに、瞬の採った道は、瞬自身がその部屋を出ていくことだった。 |