「苦しい……。どうして、こんなに……。もう、こんなの嫌だ。どうしてこんなことになったの……!」
自分に危害を加えるかもしれない男が、ノックもなしに自室に入ってきたというのに、瞬には彼を追い出すことができなかった。
今の瞬は、我が身の安全を図ることより、氷河に混乱させられている気持ちを落ち着かせることの方が、より切迫した望みだったのである。

身にんでいない脅迫行為などというものをするからだ──と、瞬に指摘するようなことは、氷河はしなかった。
もちろん、瞬が一度は拒否した相手を気にしすぎているせいだとも、言わなかった。
代わりに氷河は、親切顔で瞬に告げたのである。
「俺にできることなら何でもするぞ。今の俺は、おまえの望みを叶えるためだけに存在しているようなものだからな」

瞬が、氷河の真意を測りかねている目で、おどおどと金髪の仲間の顔を見あげる。
「楽になりたいんだろう?」
しかし、今の瞬には、氷河の真意を探っている余裕はなかった。
問題は、氷河の真意ではなく、瞬自身だった。
瞬自身が今 辛くて苦しいことこそが、唯一の問題だったのである。

「おまえは、本当は、楽になる方法を知っている」
「…………」
「だから、俺にそれを命じろ。俺は言うことをきくから」
「…………」

氷河にそう言われて初めて、瞬は、それ・・が、この事態を解決する唯一の方法なのだということに気付いた。
確かに、それをすれば、与えられるものを与えずにいる罪悪感からも、氷河の恐ろしい視線からも逃れられる。
瞬は、そして、これ以上耐えていられそうになかったのである。
“不自然”な毎日の居心地の悪さや息苦しさやにも、氷河に見詰められるたびに感じてしまう恐怖やいたたまれなさにも。

瞬は、楽になってしまいたかったのだ。
だから、そして、瞬は、自分を見詰めている氷河の瞳に操られるように、きつく引き結んでいた唇を微かに開いた。

「あ……あの時……あの時の続きをして」
「それはおまえの命令か」
「うん……」

瞬が頷くのを確認すると、氷河はすぐに、彼の脅迫者の命令に従った。






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