瞬は、しばし、自分が氷河に何を言われたのかがわからなかったのである。
瞬は、氷河に聖闘士でいることをやめさせることを考えていたのに、氷河は、それとは全く逆のことを断言してみせたのだから。

「……氷河は、聖闘士になるのが嫌になったんじゃなかったの?」
「でも、誰かが闘わなきゃならないんだろ? そうしないと、チジョウのヘイワが守られないんだろ? それなら、瞬の代わりに俺が聖闘士する」
「氷河……」

8歳の子供──。
今、瞬の目の前にいるのは、わずか8歳の子供のはずである。
その子供が、ここまで強く優しい。
瞬は、もう涙をこらえることができなかった。

「僕も……氷河にあんなつらい思いをさせずに済むのなら──僕ひとりの手でどうにかなることなら、ひとりきりでも闘うのに……」
ぽつりと画用紙の上に落ちた瞬の涙の雫を見た氷河が、大人のような目を瞬に向けてくる。

「人を傷付けるのはつらいことだよね。僕たちは、他の誰かにそんなつらい思いをさせないために闘っているんだよ、多分」
クレヨンを床に投げ捨てて、氷河は、その手を瞬の頬に伸ばしてきた。
その大きな手に、小さな子供の手が重なり、『泣かないでくれ』と、二人の氷河が瞬に訴えてくる。
そして、二人の氷河は、瞬に向かって微笑んだ。

「瞬と一緒にいられるのなら、つらくても、それでいいや」
「氷河……」
今、瞬の目の前にある8歳の子供の、優しく強い眼差し。
瞬は、この健気な子供を抱きしめずにはいられなかった。

「うん……。うん、そうだね。つらくても頑張ろうね」
「んと、瞬、あのさ」
「なに?」
抱きしめているつもりなのに、抱きしめられているような──それは、不思議な抱擁だった。
瞬の腕の中にいる氷河が、氷河の胸の中にいる瞬に、一瞬ためらってから、それを口にする。

「俺、瞬がこんなに大きくなる前から、ずっと瞬のこと好きだったんだ。きっと、大きくなった俺も、瞬のこと好きだと思う」
「……うん、ほんとはね、僕も、氷河が大好きなんだ」
大きくなってしまった氷河には面と向かって言えないことも、8歳の氷河になら素直に言える。
ずっと言わずにいた言葉を口にしてしまうと、それは、瞬を、胸のつかえが取れたような気分にしてくれた。

瞬の告白を聞いた氷河が、嬉しそうに照れ笑いを浮かべる。
それから、彼は言ったのだった。
「あ、俺、また腫れてきた」
と。
「〜〜〜〜っっ !! 」

8歳の子供は、あくまでもどこまでも、ひたすらに正直だった。






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