日に何度か氷河の身体の一部が突然腫れるというアクシデントはあったが、それさえ除けば、平和のうちに数日が過ぎていった。

沙織が例の催眠術師を連れてきたのは、氷河が8歳の子供に退行してから1週間ほどが経過した、ある日の午後。
彼女は、おそらく慎重を期して、氷河の退行現象に無関係な心療医ではなく、1週間前に氷河を8歳の子供に変えてくれた、あの催眠術師当人を城戸邸に連れてきたのだった。

「いや〜、本当にテレビを見ていただけで術にかかっちゃったんですか? 実に素直な方なんですなぁ」
半分タレントのようなその男は、笑いながら、つまりは単純な単細胞だと氷河を言外で評してくれた。
「では、早速、術を解きましょう。そちらに座って、私の方を見てください」
おそらく、この後のスケジュールが詰まっているのだろう。
半タレントな催眠術師は、早速仕事に取り掛かろうとした。

彼のそのせっかちな様子が、瞬を少し不安にする。
瞬の心の中にはまだ、氷河を“大人”に戻してしまうことに、幾許かの迷いが残っていたのだ。

「あの……術にかかってた間の氷河の記憶はどうなるんですか? 消えてしまうんですか?」
その時を先延ばしにしたいという明確な意図があったわけではないのだが、瞬は、さっさと仕事を済ませてしまおうとする術師を引き止めるように、彼に尋ねた。

「今回のケースですと、消しておいた方が安全でしょう。同じ時間軸に2種類の記憶があるというのは、混乱を招くことになる」
「そうですね。うん、多分、憶えていない方が氷河のためにはいいんでしょうね……」

憶えていられては困るような事件も多々あったし、術師の考えに異論を挟む気はない。
そのつもりはなかったのだが、瞬は、なぜか気落ちしていく自分自身を押しとどめることができなかった。
瞬は、大きななりをした8歳の氷河を、“大人”の氷河に対するものとは少し違う気持ちで好きになってしまっていた。
瞬は、彼との別れが辛かったのである。

瞬の寂しげな眼差しに気付いた氷河が、少し不安そうな顔を瞬に向けてくる。
「サイミンジュツが解けても、何も変わらないんだよな? 俺は、瞬とずっと一緒にいられるんだろ?」
「うん。僕たちは、ずっとずっと一緒だよ」

瞬のその返事を聞いた氷河が、安心したような笑顔を作る。
「だったら、大人でいた方が、いっぱい瞬を守ってやれる」
「氷河……」
健気な8歳の子供はそう言って、“大人”になるために、術師に示された椅子に腰をおろした。






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