瞬王子の涙が止まると、氷河王子はほっと安心しました。 氷河王子は、瞬王子の涙なんて、ベッド以外の場所で見たくはありませんでしたからね。 それはともかく、そんなふうに安心すると、氷河王子の胸には新たな怒りが湧き起こってきたのです。 「しかし、どうしてこう、現実に即してないんだ、あの派閥ってやつは! 美形の王子が二人いたら、それをくっつけようとするのが、普通の感覚だろう!」 氷河王子の怒りは至極当然、まったくもってその通りです。 けれど──。 「“普通”って、流行らないらしいから……。僕と氷河が仲良くしてるなんて、そんなの──」 「ありきたりすぎて、面白くないのか……」 瞬王子の言葉の先を察して、氷河王子は呻くように呟きました。 そうなのです。 氷河王子と瞬王子がらぶらぶだなんて、そんなありきたりな設定、お話にもなりません。 対立、反目、憎悪に嫉妬、そういうトラブルやマイナスの要素がないと、劇的な物語はなかなか紡げないものですからね。 そういうものに存在してほしいという期待が、人の目を見えなくし、そういうものが存在するのだという思い込みを生むのです。 大抵の願いは叶えられる立場にあり、またその力も持っている氷河王子でも、国内の派閥の動向だけはどうすることもできません。 そんな思い込みや幻想を作っているのは、氷河王子でもなければ瞬王子でもなく、氷河王子や瞬王子とは別の意思を持った人間でしたから。 それは、氷河王子と瞬王子に関することなのに、氷河王子や瞬王子の意思とは関係のないところに存在しているものなのです。 「いっそ国民に、俺とおまえは恋仲だとカミングアウトしてしまうというのはどうだ? そうすれば──」 「国民は、認めたがらないような気がする……。僕と氷河が反目し合ってることは、この国の公式設定になっちゃってるみたいだもの」 氷河王子の提案に、瞬王子は悲しげに左右に首を振りました。 これまでだって、氷河王子と瞬王子は、公式の場で二人が不仲と取られるような言動を見せたことはただの一度もないのです。 それなのに、国内は、このありさまなのですから。 「俺派だ おまえ派だ、攻め派だ受け派だと、肝心の俺たちの気持ちを無視して対立し合ってるくせに、その点に関してだけは一致団結してるというのは、いったいどういうことだ!」 氷河王子は、国民のご都合主義的な思考に憤慨せずにはいられませんでした。 それでも。 実害がないのなら、それでもよかったのです。 一国の王子として、外交・内政等様々な面で国に対する責務を果たしているとはいえ、要するに、氷河王子も瞬王子も、国民が納める税金で生活しています。 オロシヤ国は、王子たちの何代も前の先祖が(おそらくは武力によって)手に入れた所領。 たまたま先祖が強い力を持っていたせいで、たまたま王室に生まれたせいで、王子様たちは何不自由ない生活をしていられるのです。 ですから、これまで、氷河王子はひたすら我慢してきました。 瞬王子が他の男に乱暴される話も、氷河王子が他の誰かを思って悩んでいる本も、我慢している自分に腹立ちを覚えるほど懸命に我慢してきました。 それが一国の王子として生まれた者の義務なのだと、自分自身に言い聞かせて。 「きっと、これはいいことなんだよ。政治的なことでの不満や経済的な不安がないから、国民はそういう活動に力を注いでいられるんだろうし……。我慢しようよ。今までだって、我慢してきたじゃない。ね?」 そう言って首を傾ける瞬王子の 健気かつ可愛らしい表情に、ほだされ、くらくらしながら、氷河王子は耐え続けてきたのです。 ですが。 それでなくても、実体を伴わない脳内派閥のせいで国民たちの間にぎすぎすした険悪な空気が漂っている中、ここに来て、大きな心配事が一つ。 オロシヤ国で年に1度だけ催されるココミミック・マーケットという巨大イベントの開催日が 近付いていたのです。 |