氷河王子の、250ページに及ぶ力作マンガを読み終えて、瞬王子は真っ赤になりました。
もちろん、30年前のできそこないヒーロー物のようなストーリーも十分赤面ものでしたが、瞬王子の頬を桜色に染めたのは、そんなものではありません。
なにしろ、自分と氷河王子のらぶらぶえっちシーンなんて、生まれて初めて読んだので、瞬王子はそれがとても恥ずかしかったのです。
監禁陵辱ものには慣れていたんですけどね。

しかも、氷河王子は、国民の意識改革のために、それをココミミック・マーケットで頒布するつもりだというのですから、瞬王子の恥ずかしさもひとしお。
真っ赤になって俯いてしまった瞬王子に、氷河王子が尋ねてきます。
「どうした? つまらんか?」
「僕、氷河と こんなえっちしたことない……」

『エルミタージュのバラ』のクライマックスシーンには、ほとんどアクロバティックな体位での、それはそれは激しく大胆なえっちシーンが描かれていました。
しかも、全250ページ中40ページがそのシーン。
刺激的でないと受けないというのもあったでしょうが、そのあたりは多分に氷河王子の趣味・願望が反映されたものだったでしょう。

恥ずかしそうに問題のページを指し示した瞬王子に、氷河王子は、
「今度試してみよう」
と、瞬王子の表情を窺うように言いました。
瞬王子は更に頬を赤く染めましたが、決して嫌がっているふうではありません。
氷河王子は、内心でガッツポーズを決めていました。


「これ、ココミミック・マーケットで売るの? 本気で?」
恥ずかしさをごまかすために、瞬王子は、その場の話題を変えようとしました。
氷河王子が、縦にとも横にともなく首を振ります。

「いや。政府広報として、無料配布する。俺は、この本で、氷河瞬らぶらぶ派閥を作る。そして、ココミミック・マーケットの最大大手になってやる。現実と国民の認識のズレを正すには、もうこれしかない。実体のない幻影には、事実よりも、同じ幻影で勝負する方が有効だ!」
氷河王子は、刷り上ってきたばかりの“政府広報”を手に、決意に満ちた表情で、そう断言しました。

ちなみに、オロシヤ国の政府広報には毎月1回の定期刊行版と、年1回のココミミック・マーケット版があります。
いつもなら、国王や大臣たちの挨拶、施政方針関係の文章、国内外の有識者に依頼した原稿を編集して作られるものです。
氷河王子は、政府広報の編集発行を担当している広報局の局長に、政府広報は自分が何とかするからと言って、局のメンバー全員を多忙と混乱を極めているココミック・マーケット準備会にヘルプ要員として派遣してしまったのです。
つまり、ていのいい政府広報乗っ取りですね。
もっとも、資料や書籍の編集に慣れている広報局のメンバーたちの手助けのおかげで、ココミミック・マーケットの準備会の仕事は軌道に乗ることになったのですから、それはそれでよしとしましょう。

『実体のない幻影には、事実よりも、同じ幻影で勝負する方が有効だ!』
氷河王子のその言葉を聞いた瞬王子は、このつらい事態を収めるためにはそんな解決策しかないのかと、少し──いいえ、かなり──落胆しました。
そんな画策をしなくても、毅然とした態度でいれば、いつか国民も本当のことをわかってくれると、瞬王子は信じていたかったのです。

けれど、願っているばかりでは、世界は何も変わりません。
行動を起こさなければ、世界を改革することは不可能なのです。
氷河王子にそう説得されて、瞬王子は頷きました。
それから、氷河王子の力作を、ちゃっかり1冊分けてもらいました。






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