日没の近いことに気付いた白鳥が、シュンの服の裾を シュンは、彼に従おうとしたのだが、なぜかフェニックスがまた騒ぎ出し、二人が塔から出るのを阻止しようする。 その振舞いを怪訝に思ったシュンが、塔から出るのをためらっているうちに、日が暮れた。 魔女の呪いが解ける時がやってきたのである。 白い鳥は、ヒョウガの姿に戻った。 ペガサスは、人懐こく大きな黒い瞳の、シュンとあまり歳の変わらない少年になった。 ドラゴンは、少し大人びた長髪の青年になって、塔の階段を静かに下りてきた。 そして、フェニックスは──これはいったいどういう奇跡なのか、シュンの兄・イッキの姿になって、とんでもない勢いで塔の階段を最上階から駆け下りてきたのである。 「兄さん…… !? 」 思いがけない僥倖に驚きつつ、シュンは懐かしい兄の許に駆け寄ろうとしたのだが、それより先にシュンの兄は、ヒョウガの襟首を掴みあげ、彼を頭から怒鳴りつけていた。 「ヒョウガ〜っっ! 貴様が懸想した相手というのはシュンのことかーっっ !! 」 「なんだ? シュンを知っているのか?」 「知ってるも何も、シュンは俺の弟だっ!」 「何かの間違いだろう。シュンはこんなに可愛いぞ」 「どーゆー意味だ!」 「わからんのか?」 「わかっとるわい!」 血を分けた兄弟の数年ぶりの邂逅だというのに、綺麗に弟を無視してくれた兄に戸惑いながら、シュンは彼の側に近付いていった。 兄は、ペガサスやドラゴンだった青年たち同様、随分と高価そうな上着をまとっている。 「兄さん……どうしてここに……」 「シュン、おまえはもう、こいつの毒牙にかかってしまったのか !?」 「毒牙? ヒョウガにはそんなものはありませんでしたよ?」 「う……」 シュンの返答を聞いて、イッキはその場にがくりと膝から崩れ落ちてしまったのである。 ヒョウガが手の早いことは、よく知っている。 というより、呪いのせいで、迷っているヒョウガを、 「夜には人間に戻って、ヤることはヤれるんだ。モノにしてしまえばこっちのものだろう」 とけしかけたのは、他ならぬイッキ自身だったのだ。 まさか、その相手が自分の弟だとは、イッキは考えもしなかったのである。 「あー、へー、ふーん。ヒョウガって、こういうのが好みなわけか。意外にいい趣味じゃん。俺もっと派手派手しい色毛虫が出てくるのかと思ってたぜ」 落胆のイッキを無視して、ペガサスだった少年が、じろじろと不躾な視線をシュンに向けてくる。 今日一日ずっと一緒にいた相手に改めてそう言われたシュンは、今の彼とペガサスでいた時の彼とでは、もしかしたら物の見え方が違っているのかもしれないと思った。 「あ、俺、セーヤ。よろしくな。こんなことになる前は、トボリスクのゴトゥノフ家の総領息子だったんだけど。あ、一応、今もか。こんな呪いをかけられちまってから、家の方に戻ってないんだ」 ヒョウガの城館に逗留している時に魔女の襲来を受け、こんなことになってしまったのだと、彼は言った。 「ヒョウガの惚れた相手がどれだけ可愛いコなのかは知らないけど、こんな呪いがかけられてる身なんだし、俺は、諦めろって言ったんだけどさぁ。ヒョウガの奴、きかなくて。とんだ災難だったな」 「そんなことないです」 左右に首を振ったシュンに、今度はドラゴンだった青年が声をかけてくる。 「俺はシリュウだ。エニセイスクのシューイスキイ家を2ヶ月前に継いだばかりだったんだが、こんなことになってしまった」 「…………」 シュンは、セーヤやシリュウが極めて気軽に口にする名に、驚きを禁じえなかった。 「ゴトゥノフ家だのシューイスキイ家だのって、みんな一度はこの国の王権を担ったことのある名家じゃないですか。どうして、こんな──」 「どうしてもこうしても、あの我儘女がなぁ」 『我儘女』というのは、どうやら彼等に呪いをかけた魔女のことらしい。 セーヤのうんざりしたような顔を見ながら、シュンは、恐ろしく傲慢で残酷な魔女の姿を脳裡に描くことになった。 |