「でも……こんな大貴族の方々の中に、どうして兄さんが混じってるの」 イッキはすっかりふてくさって、塔の石の床の上に胡坐をかいていた。 可愛い弟の貞操がろくでもない男に奪われたことを知って、既に立ち上がる気力もないらしい。 「ああ。おまえには知らせてなかったが、俺たちは、リューリク家の正当な血筋を汲む者なんだ。俺たちの父はリューリク家の前当主。ヒョウガのヴィルボア公爵家なんぞ、リューリク家の傍系に過ぎないんだからな。おまえは、こいつなんか見下していていいんだぞ、シュン」 リューリク家といえば、このロシアに最初の王朝を築いた名家中の名家である。 驚くシュンに、自分たち兄弟が幼い頃に家を出なければならなかったのは、リューリク家に、いわゆる お家騒動が勃発したからだったのだと、イッキは説明した。 前当主であるシュンたちの父と母を、事故死に見せかけた叔父の陰謀があったのだと。 「で、その悪党の叔父のしでかした陰謀を、この馬鹿野郎たちの協力で白日のもとにして、俺が正当な当主だという証明を済ませ、おまえを迎えに行こうとしていた時に、この災難にあったんだ。ったく、こいつの家なんかに宿を頼んだのが間違いのもとだ」 実の両親の死を知らされて、シュンの胸は痛んだ。 が、安否を気にかけていた兄が生きていてくれたという事実が、その悲しみを薄れさせてくれる。 とうに諦めていた実の両親が、自分たちを捨てたのではなかったことが、シュンはむしろ嬉しかった。 それよりも。 今のシュンには、生きている者たちの身の振り方の方が気掛かりだった。 「兄さんたちは──元に戻ることはできないの?」 「戻らなくていい。今のままでも不便はない」 ヒョウガが、ひどく素っ気無い口調でシュンに言う。 シュンには、彼がなぜそんなことを言うのかがわからなかった。 不便がないはずがないではないか。 セーヤが、ちらりと同情するような視線をヒョウガに投げてから、シュンに向き直る。 「こういう場合のお約束でさ。俺たちの呪いは、人間の姿をしていない時の俺たちに、真実の愛を誓ってくれる乙女が出てこなきゃ解けないことになってるんだ。俺たちの誰かひとりに、そういう乙女が現れてくれれば、全員分有効らしいんだけど、俺たち、そういうことには疎くてさー。唯一の期待をかけてたヒョウガは……まあ、な」 「乙女……。僕じゃ駄目なの……?」 イッキが、いったいおまえはどこのどいつに真実の愛なんてものを抱いているんだ! と言いたげな顔になる。 さすがにそれを口にしてしまうことは、彼はしなかったが。 「だから、戻らなくていい」 「ヒョウガ……」 ヒョウガがなぜ、『不便はない』などという見え透いた嘘を口にしたのかを知って、シュンは泣きたい気持ちになった。 シュン以外の──他の乙女の愛などいらないと、彼は言っているのだ。 それでは彼は、シュンのために呪いを解くことを諦めたようなものではないか。 「……ヒョウガたちに呪いをかけた魔女というのはどこにいるの」 シュンは固く唇を引き結び、険しい表情で、セーヤたちに尋ねた。 |