「だって、ヒョウガも僕と同じで、特別な力を持っているんでしょう?」
「それは……そうだが……」
「それに、この人、泣いてるし、かわいそう」

同情心に満ち満ちたシュンの眼差しに、ヒョウガは舌打ちをした。
一人の我儘娘への同情のために、自らの人生を変えることなど、ヒョウガには考えられないことだったのだ。

「俺は、自分の人生に、他人から口出しされたくない。聖闘士というのは、この女の手下になるということだそうじゃないか。自分の人生を、自分の好きなようにできないということなんだぞ! そんなものにならなければ、俺は金も権力も何でも持っていて、自分の好きなように生きていける。おまえに、どんな贅沢もさせてやれる。なのに、誰が好き好んで自分から面倒なことに足を突っ込むか!」

ヒョウガの言は、この時代この国に有力貴族の子弟に生まれた者としては、極めて常識的で至極当然なものだった。
だが、シュンは反駁した。

「でも、それだって、ヒョウガが自分で選んだ人生ではないでしょう? ヒョウガは、たまたま大貴族の家に生まれて、そうしたら、たまたま何不自由ない生活が与えられたんでしょう? もしヒョウガが貧しい家に生まれて、身寄りのない孤児だったとしたら、どう? 聖闘士になれば、この人の庇護が得られると考えて、もしかしたら、喜んで聖闘士になっていたかもしれないでしょう?」

「…………」
それは確かに、貧しい孤児だったなら──そうだったかもしれない。
そうせざるを得なかったかもしれない。
その道しか与えられなかったなら、その道を必死に駆けていくしか、人には生きる術はないのだ。

だが、恵まれている者には、二つ以上の道が与えられる。
シュンは、ヒョウガが疑いもなく進もうとしていた道とは別の道を、ヒョウガに指し示していた。






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