「もちろん、こんな大人しそうな顔をしているくせに、君が、頑として汚れを撥ねつけ、妥協を知らない頑固者だということは承知していますよ」
右の手で瞬の顎を捉え、その顔を上向かせて、ムウは言葉を続けた。

「アンドロメダ座の聖闘士は、闘いを厭い、人を傷付けることを好まない心優しい聖闘士というのを売りにしていて、しかも、固着と言っていいほど綺麗な理想に固執している。……まあ、子供なのだと言ってしまえばそれだけのことなのですが」
ムウの真意を測りかねて、瞬は幾度か瞬きをした。

「人の心を汚すのは簡単です。まず孤独にし、不安の心を抱かせる。あとは放っておいても、その不安が心を蝕み、不信を生んでくれる。そして、人はどこまででも汚れることができるわけだ」
言葉の意味はわかるのである。
しかし、瞬には──瞬の仲間たちにも──それが、アテナの聖闘士の──それも黄金聖闘士の──言葉と思うことができなかった。

「……なに言ってんだ……?」
なんとか気を取り直した星矢が、幾分掠れた声でムウを問い質す。
だが、牡羊座の黄金聖闘士は、至極あっさりと天馬座の聖闘士の質問を無視した。

「君が強いのは──汚れを撥ねつけることができるのは、君が孤独ではないからです。君の側にはいつでも信頼できる仲間がいて、彼等は君の考えや理想を是として認めてくれる。君はひとりで強いのではない。君から信頼でき頼れる仲間たちを奪えば、君の心は不信と自棄を育んでいくことになるでしょう。人の心はもろいものだ」

「本気で言ってるのかよ!」
ムウに無視されたことにではなく、ムウの言い草に腹を立てて、星矢が再度牡羊座の聖闘士に噛みつく。
ムウは、星矢の怒声を、柳に風と受け流した。

「もちろん、本気です。我々は、地上の平和と安寧のために、アンドロメダを汚す試みを試みようと思います」
「そんなことして──もし、それでも瞬がそのキヨラカさとやらを失わなかったら、どうするんだよ!」

「アンドロメダの清浄がそれほど頑迷なものなら──そうですね。人間の強さというものに期待して──」
驚きと混乱のせいで言葉もない瞬の瞳を覗き込み、ムウは、意味ありげな微苦笑を浮かべ、
「君のために地上が滅びる事態を甘んじて受け入れることにしましょう」
──と言った。






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