用を済ませた黄金聖闘士が城戸邸を辞してから、城戸邸の青銅聖闘士たちはやっとまともに口がきけるようになった。
が、そうなっても、彼等は、黄金聖闘士たちを馬鹿だ阿呆だどうかしていると非難することしかできなかったのである。
なにしろ、瞬のキヨラカさと天秤にかけられているものが全人類の命──かもしれないのだ。
有効な解決策も出てこない。
結局瞬は、仲間たちに当惑したような笑みだけを残して、自室に引きこもってしまったのだった。

この理不尽に腹を立てることしかできない自分自身に腹を立て、それでも瞬を一人きりにしておくことができなくて、氷河は瞬の部屋まで瞬を追いかけた。
根本的・恒久的な解決策は与えられなくても、せめて瞬の憤りを受けとめることくらいはしてやりたいと、氷河は思ったのである。

が、瞬は、氷河にそんなものをぶつけてきてはくれなかった。
代わりに氷河に与えられたものは、ひどく寂しげで覇気の感じられない、瞬の弱々しい微笑だった。

「……どうして僕が氷河に親近感を抱いてたのか、わかった」
「──」
瞬が自分にそんなものを抱いてくれていたなどという話は、氷河には初耳だった。
だが、そうだったのだろう。
そして、その親近感は、ムウの言葉によって打ち消されてしまった──のだ。
「敵を倒すたびに嘆いてみせていたからか」
氷河が尋ねると、瞬はまた力無い笑みを作って頷いた。
「氷河に比べると、紫龍や星矢はずっとクールだと思ってた。でも氷河はそうじゃない、僕と一緒だ──って。それも……幻想だったのかもしれないけど」
「俺はおまえとは違う。冷酷な男だ」
「その方が、聖闘士としては優等生だそうだから……」

なぜ瞬は微笑み続けるのか──氷河にはそれがわからなかった。
やがて、瞬のその微笑が、仲間には見せられない(と瞬が思っている)悲しみと落胆を隠すための仮面だと気付く。
瞬が悲しんでいるのは、自分が汚れなければならないことではなく、瞬が同胞を失った──もともと、その同胞は同胞ではなかった──事実を知らされてしまったからのようだった。

「おまえは……敵を倒して泣いているような、軟弱な俺の方がよかったのか」
「当たり前じゃない! 僕は、そういう氷河が好きだったの!」

『当たり前だ』ときっぱり言われたことより、『好きだった』と──その言葉が過去形になってしまっていることの方が、氷河に、より強い衝撃をもたらした。
どう言えば瞬は悲しむことをやめてくれるのか──俺はおまえが思っている通りの俺だと告げれば、瞬は悲しむことをやめてくれるのかと、氷河は暫時思い悩んだ。
が、結局彼は、瞬に嘘をつくことはできなかった。

「俺は……おまえとは違う。誰の死をも嘆き悲しむことはではきない。だが、おまえが死んだら俺は泣くぞ。おまえが汚れたら、おまえがおまえでなくなったら──多分、俺はいつまででも泣き続ける」
「氷河……」

氷河のその言葉に、瞬が大きく目をみはる。
それから瞬は、はにかんだように──決して悲しげにではなく──微笑した。
「ありがとう」
──と言って。






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