瞬はひとりで強いのではなく、信頼できる仲間の存在が彼を強くしているのだ──というムウの言葉は──それだけは──真実だったのかもしれない。
瞬が瞬でいることを望む氷河の言葉で、瞬は幾らか元気を取り戻したようだった。

「でも……僕が汚れた方が人類のためになるって、どういうことだろうね。変な話。ハーデスって、強大な力を持った神様なんでしょう? 無知な子供の方が御しやすいってことなのかな? これが人間だったら──」
そう呟く瞬の声音には、既に悲しみめいたものはなく──瞬は、ハーデスの企みの内容について、純粋に疑問に思ったらしい。

「人間だったら、おまえをどうこうして地上を支配しようなんて大それたことも考えず、おまえが汚れることの方を歓迎するだろうな。人間というのは、自分が汚れてるから、他人も同じだということを知ると安心する。自分と違うものが側にいると、自分の醜さを思い知らされて、不快なんだ。あえて清廉を求めるところが神なのかもしれない」
そんなことを言いながら、その実、氷河は、神の思惑や価値観など、まるでわかっていなかった。
わかりたいとも思わなかった。

そのあたりは、瞬も同じだったのだろう。
瞬に理解できるのは──そして、理解したいと思えるのは──彼と同じ人間だけだったに違いない。
「人間がそんなものだったとして──そして、もし僕が本当にそんなキヨラカなものだったとしたら、じゃあ、そんな僕を仲間として受け入れてくれていた氷河たちは……氷河たちこそが強い。僕よりずっと強いと思うよ」

そう言って、心から嬉しそうに微笑する瞬を見て、氷河は思ったのである。
この瞬がこの瞬のままでいて、いったい人類にどんな不都合があるのだろう──と。
氷河には本当に、神の考えることが、そして黄金聖闘士たちの考えが、全く理解できず、受け入れ難かった。

「汚れるって、こんなふうに氷河たちを信じていられなくなることなのかな? だとしたら……それはもう僕じゃないよ」
瞬の言う通りである。
瞬に汚れろと言うことは、瞬に瞬でなくなれと──つまりは、死ねと──言っているようなものなのだ。

「おまえを汚し貶めなければ生き延びることのできない人類なぞ、滅びてもいい」
それが氷河の結論で、
「そうはいかないよ。その人たちの中には、氷河たちみたいに強くて優しい人たちもたくさんいるんだから」
というのが、瞬の出した答えだった。

瞬がムウの指示に従い聖域に向かうつもりでいるらしいことを知って、氷河は音が出るほど強く、その奥歯を噛みしめた。






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