瞬を、そんな伏魔殿に行かせるわけにはいかない。 氷河は翌日、朝早くにひっそりと、自身の聖衣ボックスを持って自室を出た。 玄関ホールで、ふいに星矢に呼び止められる。 「氷河、そんなもん持って、いったいどこに行くんだ?」 「──聖域に直談判に行く」 止められるものなら止めてみろと言わんばかりの態度で、氷河は仲間に答えた。 「ほんじゃ、俺たちと一緒に行こうぜー」 「俺たち?」 言われて、星矢の背後にある影に気付く。 それは、紫龍と、天馬座・龍座の聖衣ボックスでできていた。 「おまえらも、か?」 本音を言うと、氷河は意外だったのである。 紫龍はともかく星矢には、アテナを盲信しているようなところがあった。 今、自分の目の前で、“仲間”が仲間であることを喜んでいるような星矢の得意顔を見て初めて、氷河は、その認識が大きな誤解だったことに気付いたのである。 星矢は決してアテナを盲信しているわけではなく、単に、正義のあるべき姿を自分で考えるのを面倒くさがっていただけ──だったらしい。 無論、それはアテナへの信頼の為せるわざではあったろうが、納得できない問題を自身の頭で思慮することは、星矢でも行なうことはあるのだ。 「いいのか? ムウのたわ言には、アテナも賛同しているらしいが」 それでも氷河は、一応確認を入れた。 星矢が、そんなことを尋ねられることは侮辱だと言わんばかりの勢いで、怒鳴り声をあげる。 「瞬を犠牲にするなんてこと、できるわけないだろ!」 「そうしないと人類存亡の危機が訪れるそうだぞ」 「でも、できねーの。あったりまえだろ。瞬はこれまで、その人類のために闘ってきたんだぞ! 瞬は俺たちの仲間なんだ。瞬を汚すだの何だの、んなアホなこと言い出す黄金聖闘士なんて、俺がみんなブッ飛ばしてやる!」 そんなことが実際に可能なのかどうか──そんな瑣末なことまでは、星矢は考えていないのだろう。 やたらと威勢のいい星矢に苦笑しながら、紫龍もまた、彼の言に頷いた。 「自分が正しいと感じる正義のために邁進するのが俺たちだろう。今まで通りにするだけだ。俺は、瞬には瞬のままでいてほしい」 二人の仲間の決断と望みとに、氷河は同感して頷いた。 この仲間たちから瞬を奪おうとする聖域など信ずるに足りないと、氷河は心底から思ったのである。 |