伝統的なクリスマスの準備は、特に氷河の意欲的な労働によって、およそ1時間ほどで完了した。
準備が整ったところで、氷河が、瞬を彼の部屋からパーティ会場へと引っ張ってくる。

「なんとかホテルに行くんじゃなかったの? 僕、コートを──」
「あれはキャンセルした」
氷河はもちろん、瞬にも説明らしい説明をせずに、その場に瞬を連れてきた。
彼には“成功”という結果だけが重要で、そこに至った経緯など、彼自身も周囲の人間も理解する必要はないと思っているのである。
己れの苦労や努力を誇らないのは結構なことだが、こういう人間はえてして他人の誤解を受けやすい。

「メリークリスマス!」
主賓の瞬がラウンジのドアを開けると、その頃には色々な意味ですっかり開き直っていた星矢と紫龍、そして沙織が、派手にクラッカーを鳴らし、景気のいい掛け声を響かせて、彼をパーティ会場へと迎え入れた。

ちなみに、24日時点での『メリークリスマス』は、少々先走っているのではないかと思う向きもあるかもしれないが、ユダヤの一日は日没から始まるので、24日の夕方には もうクリスマスは始まっているのである。

「あの……?」
あまり上品とも敬虔とも思えないクリスマス装飾と、賑やかなBGM。
いったい何が起こったのかを理解しかね、その場に立ち尽くしている瞬に、氷河は得意そうに告げた。
「どうだ? こういうクリスマスがよかったんだろう? ここにいるのは、みんな、おまえの家族だぞ」

「え……」
氷河のその言葉を聞いた瞬は大きく瞳を見開いて、もう一度、その上品とも敬虔とも思えない装飾の為された部屋を見回したのである。
そこには、ケーキを食べるのに邪魔な赤いボールを外しマジックでハナを赤く塗った星矢と、異様に似合わない格好をした長髪のサンタクロースと、そして、彼等の女神がいて、瞬に明るい笑顔を向けていた。

「わかりにくいかもしれないけど、私はマリア役よ。クリスマスなんて、ギリシャの神々への信仰に比べれば ぽっと出の異教のお祭りだけど、まあ、大切な家族のためですものね」
瞬の家族を代表して、沙織が、少々苦笑混じりに瞬に告げる。

沙織の口から ごく自然に出てきた『家族』という言葉に、瞬は戸惑い驚いた。
やがて、その言葉の意味を理解した瞬の瞳の奥が、ゆっくりと熱くなってくる。

「これがおまえの望んでいたホワイトクリスマスだろう? 雪も降らせた方がいいか?」
完璧な準備を成し遂げたと自負している氷河は、あくまでもどこまでも得意げである。
「氷河……」
無邪気な餓鬼大将のような氷河に尋ねられた瞬は、潤んだ瞳で彼を見上げ、そして、左右に首を振った。

「ううん。十分だよ。僕にはこれ以上のホワイトクリスマスなんてない。ありがとう」
“家族”の優しさに耐え切れなくなった瞬の瞳から、涙の雫が零れ落ちる。
瞬は、慌てて、その涙を拭った。

「やだ……僕……ごめんね。僕、自分がとっても幸せな人間なんだってことを、今まで忘れてたみたい……」
どうしてそんな大切なことを忘れていられたのだろう──?
瞬は今はそれが不思議でならなかった。

「思い出させてくれてありがとう。氷河、みんな」
瞬にそう言って泣かれると、星矢たちは もはや氷河の横暴に文句を言うことはできなくなってしまった。
なにしろこれは、大切な家族のためのイベントなのだ。






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