「仕方がないわね」
そう言って立ち上がったのは、彼等の女神にして聖闘士の母たるアテナその人だった。
「氷河のプレゼントを庭に運びなさい。私があなたたちのために、芸を披露してあげるわ」

他ならぬアテナなら、この膠着した状態を解決する力を有しているかもしれないと期待した星矢たちが、沙織の指示に従って、氷の棺を庭に運び出す。
「あなたたちは危険だから、バルコニーにでもいて見物してらっしゃい」
巨大なプレゼントの前に仁王立ちになると、沙織は重ねて、彼女の聖闘士たちに命じた。

──そして、ショーは始まったのである。
畏れ多くも女神の小宇宙が、氷河のプレゼントを包囲する。
強大至極な女神の小宇宙は、それでも最初の数分間は、ただ氷の棺を覆っているだけだった。
やがて、それが、冬の夜の庭にまばゆいばかりの光の小爆発を起こし、一輝が納められている氷の棺を粉砕する。
それと同時に、氷の棺から解放された一輝が、バックに怒りの炎を燃やして登場した。

「おおおおおおーっ!」
氷と炎と光の美しいイルミネーションに、見物人たちは大きな歓声をあげたのである。
が、氷河とアテナの芸の道具にされた一輝には、ギャラリーたちの歓声も拍手の音も、全く聞こえていないようだった。

「氷河、きっさまーっっ!」
その美しい光景に感激することなく、無事に氷の棺から解放されたことを喜ぶでもなく、一輝は絶対零度の凍気から解放されるや否や、バルコニーでノンキな見物客を決め込んでいた氷河に飛びかかろうとした。

その一輝に、瞬はすかさず先制攻撃を仕掛けていった。
瞬は城戸邸2階のバルコニーから直接庭に飛びおりて、
「兄さん、来てくれてありがとう!」
と叫ぶなり、最愛の兄にひしっと抱きついていったのである。

「う……」
瞬のその素早い攻撃が、兄の復活を喜ぶあまりのことだったのか、兄の怒りから氷河の身を守るためのものだったのかは、おそらく瞬自身にもわかっていなかったろう。
いずれにしても、氷河に対する一輝の攻撃は、瞬の先制攻撃によって、あえなく阻まれてしまったのである。
ここで瞬の腕を振り払い、氷河への攻撃を遂行することができるほど、一輝は強い兄ではなかった。

バルコニーの上と下で、瞬の肩越しに、宿命のライバルが対峙する。
一輝は氷河を睨み、氷河もまた不機嫌を極めた目つきで、一輝の背にまわった瞬の手を見おろしていた。
しかし、二人は、瞬への愛のために、瞬のホワイトクリスマスを台無しにしてしまわないために、この夜この場を流血の巷とすることを、敢えて避けた。
断腸の思い、おのが心を削る思いで、二人は、それをしてのけた。
愛とは、かくも強く美しく、そして哀しいものなのだった。






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