「あー……つまり、おまえの言っていた姫初めは、(4)の意味ではない……と」

しどろもどろの口調で確認を入れた紫龍を、瞬は頭から怒鳴りつけてきた。
「当たり前です! 姫初めをしたかったら、まず、お餅を食べなきゃならないでしょ。なのに、氷河は、お餅が嫌いだって言うんだもの! あんなもの食べる人の気が知れないなんて言うんだもの。でも、僕はお餅が大好きなんだよ! あれは日本人の心そのものだもの!」

ちなみに、『餅』という字はもちろん(シャレではない)中国から伝わったものである。
が、中国の餅は小麦粉をこねて蒸したり油でいためたものであり、日本のそれのように、蒸した もち米を臼でついたものではない。
日本の餅は日本独自のもので、他国にはないものである。

「食べたこともないくせに毛嫌いするなんて、お餅がかわいそうでしょ。お米の神様だって、きっと怒るよ! だから僕は……」
だから瞬は、珍しく“本気で”怒ったというのだろうか。

「ま……まあな」
そこまで餅に感情移入することもないだろうと思いつつ、それでも星矢は瞬に相槌を打った。
瞬の激昂ぶりを見ていると、欲求不満で怒っているようにしか見えなかったのだ──などという正直な意見を、星矢はもちろん(もちろんシャレではない)口にしなかった。

「なのに、そんな誤解するなんてひどい……。よりにもよって、あんな・・・こと・・で、僕と氷河を一緒にするなんて……」
「…………」
しかし、氷河がやっている時には、瞬もやっているのだ。
星矢と紫龍は、もうごまかされなかった。
──あえて自分の意見を言葉にして主張することもしなかったが。

ともかく瞬は、星矢と紫龍の誤解を大変な侮辱ととったらしく、鬼神のごとき形相で、彼等に命じたのである。
「責任とって、氷河にお餅を食べさせて!」

「な……なんで俺たちが! だいいち、氷河が餅を食わないからって、おまえまで食えなくなるわけじゃないだろ!」
「星矢は、インドやアフリカの飢えた子供の前で、自分が飢えてないなら問題はないって言って、平気でご飯を食べたりできるの!」
「それとこれとは話が──」
「違わないよ! 人間は、同じ食べ物を共に分け合う精神が大事なんだ。自分だけが食べられればいいっていう利己的な気持ちを当然のものと感じるようになったら、人間失格だよ!」
「…………」

人間が人間であり続けるという行為は、何と大きな困難を伴うものなのだろう。
そんな苦難を背負わずに済むのなら、いっそ餅にでも生まれ変わりたいと、星矢たちは思ったのだった。






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