明けて翌日。そして、翌年。
元旦の空は、雲ひとつなく青く晴れ澄んでいた。
城戸邸の庭には、アテナの聖闘士たちと沙織の招待を受けた星の子学園の子供たちがいて、『さるかに合戦』の絵本でしか見たことのない本物の臼を見ては歓声をあげ、捩じり鉢巻の辰巳が杵を振りおろす様を見ては、歓声をあげていた。

無理矢理その場に連れてこられた氷河は、盛り上がる餅つき大会に露骨に嫌そうな顔を向け、その氷河を、瞬は今にも泣き出しそうに切なげな目で見詰めている。
泣くほどのことでもないのに いちいちそういう顔をするから、惰弱の清らかの淡白のと、全く現実に即していない誤解を受けるんだと、星矢などは内心でぼやいていたのである。

「氷河。元旦から そんな仏頂面をしてないで、お餅を丸めるのを手伝って」
やがて つきあがった餅は城戸邸の厨房に運ばれて、適当な大きさに切り分けられた。
子供たち(含む星矢)がそれを好きな形に整えながら、これまた わーわー歓声をあげている。

「なんで俺が」
畏れ多くも女神の招聘を受けたというのに、氷河は相変わらず渋い顔を崩さない。
同様にアテナも、上機嫌の表情を変えることはなかった。

「つきたてのお餅、触ったことがないでしょう? 食べろとまでは言わないけど、餅肌の真の意味を知るのも経験よ」
「氷河、餅丸めるのって面白いぞ! 餅って粘土かスライムみてー」
子供たちに混じって、厨房の広い調理用テーブルで餅の雪だるまを作っていた星矢もまた、氷河を誘う。

「氷河、ちょっとだけやってみない? お正月からそんな顔してないで」
星矢の誘いは撥ねつけられても、瞬の懇願を拒むことはできない。
氷河はしぶしぶ、子供たちの遊び場と化している調理用テーブルに歩み寄った。
その手に、沙織が、つきたての餅を載せてくる。
「これがお餅というものよ。どう?」

「こ……これは……」
沙織に感想を求められた氷河は、しかし、すぐには彼女に返事をしなかった。
ふいに、まるで雷に打たれでもしたように、その場に直立し、氷河はその動きを止めた。

しばしの時間を置いてから、呻くように言う。
「俺は、今まで、餅肌というのは、餅のように白い肌を言うのだとばかり思っていた──」
「市販のお餅は大抵はカチカチですものね。その誤解は仕方のないことだわ。でも、そうじゃないのよ。つきたてのお餅は、温かくて、柔らかくて、弾力があって、指で押すと、その指に絡みついてくるようで──」

沙織のレクチャーを聴いているのかいないのか、つきたての餅を手にした氷河が、再び大理石の彫像のように無言かつ不動状態になる。
それまでひたすら心配そうな顔をして氷河を見守っていた瞬は、あまりに長く続く氷河の沈黙に耐えかねて、少々気後れ気味に氷河に言った。
「氷河、そんなに──触るのも嫌なら、もう無理はしなくても……」

その時、おそらく氷河の許には、彼の愛する瞬の声すらも届いていなかった。
彼は、彼の手の中にあるものの感触に、完全に心を奪われてしまっていたのだ。
「これは……瞬の内腿の感触と同じ」
「え?」
「そうか。餅肌とは、こういうものだったのか。素晴らしい! 餅とはなんと素晴らしいものなんだ!」
「は?」

いったい氷河は何を言い出したのかと当惑する瞬の目の前で、氷河は元日の城戸邸の厨房に突如大きな咆哮を響かせた。
その瞳は異様なまでに輝き、その全身は強大な小宇宙に覆われ始めている。
その直後に氷河がとった行動は、インドやアフリカの子供たちには到底見せられないものだった。

「ええい、ガキ共、触るなっ! ここにある餅はすべて俺のものだ!」
そう叫ぶなり、氷河は、楽しげに餅の成形作業にいそしんでいた子供たちから餅を奪い取り始めたのである。

「あーっ、俺の餅ーっ!」
「なんだよ、せっかく もちもち怪獣作ってたのにーっ」
「私のおもちの三角おにぎり〜っ!」
苦心の作を奪われた子供たちは、ある者は怒り、ある者は泣き出し──そうして、元日の城戸邸の厨房は一瞬にして阿鼻叫喚の巷と化した。

氷河の耳には、しかし、子供たちの悲鳴も怒声も聞こえていなかったに違いない。
奪い取った餅に今にも頬擦りをしそうな様子で、彼は陶然としていた。






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