「瞬、食わないのか? この感触、何ともいえないぞ」
「嫌ですっ」

瞬は、衆目の中で氷河に身体を撫でまわされているような錯覚を覚え、氷河の誘いを断固とした態度で拒絶した。
その頬は羞恥のために真っ赤に染まり、瞳は潤み、身体は小刻みに震えている。
ちなみに、いじめっ子氷河に泣かされた子供たちは既に、沙織が用意していたサトーの切り餅入り福袋とお年玉を受け取ると、結構現金に機嫌を直して星の子学園に帰っていた。

「つきたての餅とは実に素晴らしいものだ。いつでもどこでもおまえの肌の感触を味わえる」
「氷河、もう黙って!」
瞬の太腿を──もとい、餅を──撫でまわしている氷河から逃げるようにして、結局瞬は再び星矢たちに泣きつくことになってしまったのである。
「共食いみたいで、僕、お餅が食べられないよ〜!」
「俺たちだって、氷河に餅全部とられて、ひと切れだって食ってねえぜ」

泣きたいのは瞬だけではなかった。
結局、瞬に泣きつかれた星矢もまた、氷河の痴態(?)を楽しそうに眺めている沙織に泣きつくことになったのである。
「沙織さん、どうにかしてくれよ! 元はといえば、沙織さんが氷河に餅なんて触らせるからこんなことになったんだぞ!」
食べ物のこととなると、女神に対しても星矢はかなり強気である。
星矢には神を奉じるための断食行為はできそうにない。

彼の女神が星矢に与えてくれたものは、だが、残念ながら、にこやかな微笑だけだった。
「あなたたちは知っていて? お餅のカロリーは100グラムで250キロカロリー、軽くご飯2膳分はあるのよ」
「へ?」
「だから、私、今年はお餅を食べられそうになかったの。お餅はダイエッターの最大最強の敵ですものね」
「…………」
「アテナが我慢しているのに、アテナの聖闘士たちだけがおいしそうにお雑煮を食べるなんて、あっていいことではないでしょう」

沙織はどうやら最初から、星矢たちに餅を振舞うつもりはなかったらしい。
彼女の真の狙いは、自らのダイエットに、アテナの聖闘士たちを付き合わせることだったのだ。

「氷河は食べてもいいんですか」
実は結構雑煮好きの紫龍が無理に抑えた声で沙織に尋ねたのだが、沙織はそれにもにこやかな微笑を返すのみだった。
「あら。氷河が食べているのは、お餅じゃなくて瞬でしょう」

よりにもよってアテナにそんなことを言われてしまった瞬が、新年早々から世をはかなみたい気分になったのは致し方ないことである。
穴があったらその中に、我と我が身を横たえたいと、瞬は真剣に思ったのだった。






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