「何だとぉーっっ !? 」
氷河の反問を兼ねた雄叫びには、当然のことながら、断固拒否の意もまた含まれていた。

黄金聖闘士であるカミュが、こんな時ばかり素早く氷河に畳みかけてくる。
「師の命令が聞けないのか!」
「師の命令もクソもあるかっ! あんたは、もう少しマシなことが命じられないのかっ! あんたに教え込まれた奇妙奇天烈なダンスのせいで、俺がこれまでどれだけ他人の失笑を買ってきたと思っているんだ!」
氷河がカミュを尊敬できない根本原因は、実はそこにあったのである。

シベリアに送られた当時はまだ 純だった──のだ。氷河も。
このダンスが小宇宙の燃焼に絶対必要とカミュに言われ、氷河は真面目にそれを覚えた。
それ・・が悪質な冗談だったと気付いた時には、氷河は既に何人もの敵に後ろ指を指されて笑われ、『表現の奇行師』の異名を得てしまった後だった。
しかも、その頃には氷河は、そのダンスなしにはダイヤモンド・ダストを放てない身体になってしまっていたのである。

「まさか、おまえが本気であんな馬鹿げた踊りをマスターするとは思わなかったんだ」
こんな無責任な師を尊敬する義理もなければ義務もない。
そんな師のために、目もつぶれてしまいそうな金ラメの着物を着ることは、たとえ天地がひっくり返っても、氷河はしたくなかった。

「あの振り付けを考案できたあんたに、マチュケンサンバごときが踊れないはずがないだろう。栄誉は自分の手で掴み取るものだ」
「クールで売っているこの私に、そんな恥ずかしい真似ができるか」
「その恥ずかしいことを可愛い弟子にさせるつもりかっ」
「おまえは少しも可愛くないではないか」
「あんたの弟子が可愛いはずがないだろーが!」
「それもそうだ」

いやに素直にカミュがその事実を認める。
まさかそんなことくらいでカミュが弟子の造反を許すはずがない。
十二宮対抗隠し芸大会の優勝を諦め、引きさがるはずもない。
カミュの潔さは、むしろ逆に、氷河の悪い予感を煽った。

もちろん、“悪い予感”というものは、当たるからこそ悪い予感なのである。
当たらない悪い予感など、何の役にも立たない。
いったん、あっさりと引きさがったかに見えたカミュは、意味ありげな間を置き、意味ありげな口調、意味ありげな眼差しで、突然、脈絡のないことを口にした。
「可愛いといえば、やはり青銅聖闘士の中ではアンドロメダがピカイチだろう」
死語である。
やはり、黄金聖闘士の実年齢は底知れない。
氷河は師の言葉と表情に、ますます得体の知れない不気味さを覚えることになった。

「……何が言いたい」
「師の命令には命をもって従うのが可愛い弟子というものだが、おまえがそんな可愛いものではないことは、私とて承知している」
「少しは分別が残っていると見える」
「可愛くない弟子を命令に従わせるには、それなりの報酬が必要だ」

そう言ってカミュが行李の中から取り出したもの。
それは、太陽観測フィルターを装着したガーゴイルズのサングラスと、1枚のDVDだった。
カミュは、そのサングラスを氷河に放り投げてよこし、それを着用することでやっと目を開けることができるようになった氷河の目の前で、ライティングデスクの上にあった氷河のパソコンに、持参のDVDをセットした。






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