いったいカミュは、彼の可愛くない弟子に何を見せようというのか──師の行動を怪しみながらパソコンのモニター画面を見詰めていた氷河の耳に、突然瞬の声が飛び込んでくる。 『冷え切った人間の身体を温めるには、人の体温がいちばんいいと聞いたことがあるけど……』 それがアニメ第何話のセリフなのかがわからない人間は、氷瞬ファン失格である。 それはもちろん、あのシーンのあのセリフ。 瞬の声に数秒遅れてモニター画面に映った映像は、天秤宮でのあのシーンだった。 「こ……これは……!」 「十二宮戦・天秤宮での、通称『瞬ちゃんの氷河温めシーン』の記録映像だ」 「な……なぜこんなものが……うわっ!」 ずっと目を閉じて暗闇に慣れかけていた目に、久し振りに映った映像がそれである。 氷河の目と心が激しく動揺したのも無理からぬことだった。 しかも──しかもである。 氷河が息を飲んで見詰めていると、なんと、モニターの中の瞬は、その脚を氷河の脚に絡ませ、その唇を氷河の唇に近付けていくではないか。 どう考えてもそれは、小宇宙の燃焼には全く不必要な動作である。 氷河の心臓弁は通常の3倍のスピードで、その全身に多量の血液を送り出し始めた。 ──のだが。 瞬の唇が今にも氷河のそれに触れなんとしたところで、その感動的な映像は、氷河の眼前で ぶちっと無情にも断ち切られてしまったのである。 氷河の視界に映るものは、今は暗い闇ばかり、だった。 手に汗握って見詰めていたクライマックスシーンの中断にブーイングすることは、だが、今の氷河にはできなかった。 そんなことさえ思いつかないほど──氷河は、たった今自分が見た映像によって与えられた衝撃に、五感の力の全てを奪い取られてしまっていたのだ。 氷河のそんな様子を横目に見ながら、カミュが、どこぞの百貨店の店員よろしく商品解説を始める。 「十二宮を守護する黄金聖闘士は普段は自分の宮にいないから、24時間体制で監視カメラがまわっている。これは、その記録映像だ。我々黄金聖闘士は何度も鑑賞して見飽きたシーンだが、おまえは見たことがないんだろう? なにしろ、この時、おまえは不様に意識を明後日の方に飛ばしていたんだからな」 『誰のせいだ!』と、氷河は、カミュを怒鳴りつけたかったのである。 だが、たった今目にした瞬の横顔の残像が、氷河の発声器官に絡みついて、彼はそうすることができなかった。 「噂によると、おまえは同性のくせに、このアンドロメダに惚れているとか」 「う……」 「告白はおろか、手を握ったこともないと聞いた」 「余計なお世話だ! ……いや」 氷河は、持てる力の全てを発声器官につぎ込んで、何とか喉の奥から声を絞り出した。 カミュの侮蔑の言葉も、今はどうでもいい。 今の氷河には、瞬のあの唇が、映像中断の数秒後、どこにあったのかの方が大問題だったのだ。 「それを俺によこせ! いや、くれ……ください、我が師よ!」 師に対する態度を一変させ、今にも彼の前に跪かんとする氷河の前で、カミュが、我が意を得たりと言わんばかりの微笑を浮かべる。 「無論、私はこれをおまえにやるために持ってきた。ただし条件がある」 カミュの提示する条件。 言われなくても──繰り返されなくても──それがどういうものなのかは、氷河にはわかっていた。 「……そのキンキラキンの着物を着て、俺に黄金聖闘士全員の前でマチュケンサンバを踊れというのか」 「おお、賢いな。さすがは私の弟子だけある」 カミュの顔に浮かぶ満面の笑み。 氷河は、自ら望んで、こんな卑怯な男の弟子になったわけではなかった。 |