「瞬、どうした! 敵襲かっ !? 」
愛する瞬の危機である。
当然のことながら氷河は、取るものもとりあえず──つまりは、キンキラキンの衣装を身にまとっただけで──自室のバルコニーから、瞬と瞬を襲ってきたらしい敵の間にひらりと飛びおりた。──つもりだった。
が、あいにく、着物の裾が足に絡みつき、その当然の帰結として、氷河の着地態勢は不安定の極み、彼は即座に攻撃に移ることができなかった。

しかし、氷河は、その敵を攻撃する必要はなかったのだ。
今の彼は、その姿が、その存在そのものが、驚異の攻撃力を備えていたのだから。

「うわあぁぁぁ〜っっ !!!! 」
氷河がまだ何もしていないというのに、瞬を襲ってきた敵は、氷河登場と同時に、その両目を左右の腕で覆って地に倒れ、氷河の足元で苦しげにのたうち始めた。
「目が! 俺の目が〜〜〜っっ !!!! 」

彼は、どうやら不運なことに、キンキラキンの氷河の着物を直視してしまったらしい。
鋭い光のナイフを突き立てられた目を押さえ、呻きながら、それでも彼は、
「貴様、何者っ !? 」
と、氷河に向かって怒鳴りつけてきた。
この状況で律儀にお約束のセリフを言ってのけるあたり、なかなかどうして敵ながら天晴れではある。
もっとも、普通、こういう場合にそのセリフを言うのは、見知らぬ敵に襲撃を受けた側の人間であろうが。

いずれにしても、瞬に手出しさえしないのであれば、芋虫のように大地で蠢いている脇役になど、氷河は全く関心がなかった。
脇役の攻撃が不可能なことを知った氷河は、その芋虫を無視して、急いで愛する瞬の上に視線を走らせた。

瞬は──さすがにアテナの聖闘士である。
どうやら瞬は、氷河登場のその瞬間、光の武器に目を刺される前に、素早くその目を庇ったらしい。
下を向き、両手で目を覆ってはいたが、瞬にキンキラキン攻撃の余波は及んでいないようだった。

氷河が、ほっと安堵の息をつく。
安堵して、氷河は冷静になった。
一人の冷静な恋する男になって、彼は考えを廻らせたのである。

こんな恥ずかしいものを着ている姿を瞬に見られるわけにはいかない──と、まず彼は考えた。
そんなことになってしまったら、実る恋も実らなくなるのは確実である。
ゆえに、氷河は、ここで自分が白鳥座の聖闘士と名乗るわけにはいかなかった。
それだけは、決してしてはならぬことだった。
だから、氷河は、『貴様、何者っ!』とお約束のセリフで問うてきた芋虫に向かって叫んだのである。

「俺は、アテナの聖闘士の中でも最高位にあると言われている黄金聖闘士より更に高位の聖闘士、その名もマチュケン聖闘士だっ!」
──と。
「マチュケン聖闘士だとっ !? 」
「そうだ。黄金聖闘士12人が集まってやっと作り出せる太陽の光を、たった1人で作り出すことのできる最強最高のアテナの聖闘士がこの俺だ!」

氷河は多分に──もとい、完全にヤケになっていた。
自分が自分だということを、瞬に知られたくなくて。知られないために。
だが、彼の 口から出任せ嘘八百を、いったい誰に責めることができるだろう。
誰にも、彼を責めることはできない。
笑うことはできるだろうが。

「そ……そんな聖闘士がいるという話は、これまで一度も聞いたことが……うわあぁぁっ!」
何とか立ち上がりかけていた膝を、脇役の芋虫は再び大地に落下させた。
たとえ彼が立ち上がることができたとしても、目と両手が使えないのではバトルそのものが成り立たない。

視力を奪われた脇役にも、その判断はできたらしく、彼は再び攻撃態勢をとることはなかった。
「くそぅ、覚えてろよっ!」
素晴らしく伝統的な捨てゼリフを残し、脇役という名の敵は、氷の大地をいざるオットセイのような格好で、氷河たちの前から逃げていった。

氷河の──もとい、マチュケン聖闘士の完全勝利だった。






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