「……って、それだけ言って、疾風のようにどこかに消えちゃったんだよ」 昼下がりの出来事を仲間たちに語る瞬の前で、氷河は懸命に、その出来事に無関係な第三者を装っていた。 瞬に、金ラメ和服にターミネーター風サングラスというとんでもない姿を見られたはずはないのだが、マチュケン聖闘士の声は紛れもなく白鳥座の聖闘士と同じものなのだから、正体がばれる危険性が皆無とは言えないのだ。 幸い瞬は、目と一緒に耳まで眩んでいたらしく、その事実には全く気付いていないようだったが。 「マチュケン聖闘士〜 !? 紫龍、氷河、聞いたことあるか?」 「いや、老師にもお聞きしたことはない」 「俺も知らんな。そんな聖闘士のことは」 内心の焦りをひた隠しに隠して、氷河は白々しくも首を横に振った。 「そう……。知らないの……」 仲間たちの答えを聞いた瞬が、がっかりしたように両の肩を落とす。 瞬は、自分を救ってくれた最強聖闘士が何者なのかをぜひとも知りたいと思っているようだった。 瞬の望むことなら、それが地球滅亡という願いでも叶えてやりたい氷河だったのだが、今回ばかりは、瞬の願いを叶えることはできない。 「どっかの変態じゃないのか、そんなキンキラキンの格好をした聖闘士なんて」 その正体を何が何でも瞬には知られたくなかった氷河は、ほとんど自虐的に、そんな言葉を吐きさえしたのである。 ちなみに、今は、芋虫の襲撃・撤退から2時間後。時刻は夕刻。 ここは、毎度お馴染み城戸邸ラウンジ。 すべての元凶であるカミュは、マチュケンサンバのマスターを氷河に命じて、とうの昔に城戸邸から退散してしまっていた。 秋葉原に寄っていくと言っていたので、おそらく今頃は、どこかのDVDソフト店で『マチュケンサンバII 振り付け完全マニュアルDVD』でも買い求めているに違いない。 「黄金聖闘士より強いんだって。実際、すっごく強かったよ。技の一つも繰り出さず、もちろん敵を傷付けることもなく退散させちゃったんだから。僕、もう一度、あの人に会いたい……」 瞬に泣いて頼まれても、氷河は二度とあんな姿を瞬の前にさらしたくなかった。 「会ってどーすんだよ」 得体の知れない不審人物に、なぜ瞬がそこまで固執するのか、星矢は合点がいかなかったらしい。 仲間に問われた瞬は、僅かに目を伏せて、ためらいがちに答えた。 「僕、できることならあの人に弟子入りして、一から修行をやり直したいんだ。あの人の闘い方は僕の理想だよ。あんな素晴らしい聖闘士がこの世にいたなんて……!」 あろうことか瞬は、あの奇天烈な格好をした聖闘士の姿を思い浮かべ(おそらくは想像で)、うっとりと夢見るような表情で、そう言ったのである。 「…………」 想定外の展開に戸惑いつつ、氷河は、ここで、あの聖闘士の正体は自分だと名乗り出た際のメリットとデメリットを、真剣に考えてみた。 メリット ・・・・・・・・ 瞬に地上最強の男と認めてもらうことができる。 デメリット ・・・・・・ 瞬に地上最悪の変態だと思われる。 ──天秤にかけて量らなくても、デメリットの方が大きすぎる話だった。 瞬にマチュケン聖闘士の正体を明かすことは、決してできない。 それは、氷河にもわかりすぎるほどにわかっていた。 だが、恋する男の想像力は、 強力にして奔放な氷河の想像力は、マチュケン聖闘士の正体を明かさずに瞬を弟子にとることは可能かどうか、可能だった場合の二人の修行方法──を熱心に考え始めた。 すなわち、人間の裸眼では到底直視できない あのキンキラキンの着物で瞬の目を眩ませ、けしからぬ行為に及ぶことはできないものかどうかということを。 幸い、着物は、身に着けたままでもコトに及ぶことのできる、実に便利なコスチュームである。 目隠しプレイというのもなかなか楽しい趣向かもしれない──。 氷河の名誉のために言及しておくが、そんな淫らなことを妄想するのは、あくまでも氷河の想像力であって、氷河自身ではない。 氷河自身はそんなことを考えたくないのに──少なくとも、今 この場では──彼の想像力が氷河の意思に反して、彼の脳裡に勝手に次々と淫らな場面を形成してしまうのである。 「あの人のもとで、真の強さを学ぶことができるのなら、僕、 瞬のその言葉は、タイミングが良すぎた。あるいは、悪すぎた。 切なる願いを込めた瞬のその言葉は、氷河の想像力に強大なエネルギーを与え、その強大なエネルギーは、氷河の妄想世界でビッグバンを引き起こしてしまったのである。 「うわぁ〜っっ !! 」 「氷河、どうしたのっ !? 」 突然とんでもない雄叫びをあげた仲間に驚いた瞬が氷河の名を呼んだ時、彼は、瞬の言葉の刺激の強さに痺れ打ちのめされて、その場にブッ倒れてしまっていた。 |