「瞬……。おまえ、そんなに人を傷付けるのが嫌なのか?」
ベッドの上に上体を起こし、努めて落ち着いた声で、氷河は瞬に尋ねた。

「あたりまえじゃない!」
瞬にしてみりば、言わずもがな、当然必然あたりまえの答えが即座に返ってくる。
しかし、それは、アテナの聖闘士にとってはあるまじき答えでもあった。
そんな答えを真剣な目をして言ってしまえる瞬が、氷河は好きだった。
だからこそ氷河は、瞬の前では誠実な男でいたかったのである。

「俺は──自分が敵を倒しているのに、こんなことを言う権利は持っていないのかしれないが」
「え?」
「俺は、どんな大きな闘いも、ご大層な大義名分を掲げた戦争も、本当の原因は、人の心の中に生まれるものだと思う。妬みや僻みや様々な欲望、誤解や思い込みから生まれる不安、虚栄心──そんなものだ。闘いの原因は、最初はちっぽけな負の感情に過ぎないんだ。それが大きくなり、多くの人間に共通のものになって、闘いは始まる。俺は──闘わずに闘いを無くすには、人の心を変える以外の方法はないと思う」
「氷河……」

「そのマチュケンなんとかに弟子入りして、おまえが強くなっても、それはおまえの前に現れた敵を無傷で退散させることしかできない。おまえが人を傷付けずに済んで、おまえ一人の心が安らぐだけだ。この世から闘いはなくならない」

本当は氷河は、瞬にそんなことを言いたくはなかったのである。
瞬の心が安らぐのなら、この世界がどうなってもいいとさえ、氷河は思っていた。
瞬の望みがマチュケン聖闘士に弟子入りしたいなどという馬鹿げたものではなく、かつ、それが自分が卑怯者にならずに済むような願いであったなら、氷河はそれを瞬に勧めることさえしていたかもしれない。
だが、瞬の望みはそういうものではなかった。

「だったら……だったら、僕はどうすればいいのっ!」
涙ながらに訴えてくる瞬は、可愛い。
弟子にして思い切り、あんなことやこんなことをしてしまいほどに可愛かった。
だが氷河は、自分の中に湧き起こってくる卑怯な欲望を、決死の思いでこらえた。

「俺たちは今まで通り闘うしかないんだ。闘って傷付いて、敵を傷付けることで自分も傷付いて、そうすることで、闘いの空しさや無意味さを人々に知らしめる。俺たちは──いや、闘う者は誰もが、おそらく、人類の真の平和のために、人の心に闘いへの嫌悪を植えつけるために、馬鹿を演じ続ける愚かなピエロなんだ」

「氷河……」
マチュケン聖闘士に比べれば、サーカスのピエロの方がずっと人に笑われない存在だろうと思いつつ、氷河は言葉を続けた。
「だが、それでもいいじゃないか。それでも、希望は失われない。人はきっと変わる。俺たちはそのために闘っているんだ」
氷河はなんとか──瞬への愛のために──真顔でそこまでを言い終えた。






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