「うん……」 氷河の言葉を聞いた瞬の瞳から、一粒涙が零れ落ちる。 「うん、そうだよね」 そう言って頷き、頷きながら涙の雫を頬に散らす瞬は、 弟子にして思い切り、あんなことやこんなことをしてしまいたいほどに。 氷河は、自分の中に卑怯な夢が蘇りつつあることに気付くと、再び慌ててその夢を振り払った。 男というものは、実につらい商売である。 「氷河、ありがとう。僕、馬鹿な夢を見てたみたい」 「いや、俺も馬鹿な夢から醒めた」 「え?」 瞬が、まだ瞳を涙で潤ませたまま、氷河の前で首をかしげる。 氷河は意味不明な笑いを作って、その場をごまかした。 何とか──危機は脱したらしい。 そう考えた氷河が安堵の息を漏らしかけた時。 手の甲でこしこしと涙を拭い終えた瞬が、突然彼に言ったのである。 「氷河って、マチュケン聖闘士さんより素敵」 「へ?」 「──だなあって、今 思った」 そう言って、あろうことか瞬は、その頬をぽっとほのかに赤く染めた。 (うわああぁぁ〜〜〜〜 !!!! ) 氷河は、心の内で絶叫したのである。 瞬は凶悪に可愛かった。 弟子にして思い切り、あんなことやこんなことをしてしまっては 何故いけないのかと天に向かって叫び訴えたいほどに。 瞬に告げられた言葉に欣喜雀躍する思いと、微妙に純粋な感動とは言い難いものを含む興奮と、蘇る邪まな悪夢(正しくは淫夢)、そして、その悪夢(正しくは淫夢)を否定する心。 それらのものがぶつかり反発し合い、氷河の身体の中で大暴風雨を引き起こす。 その大暴風雨は、やがて、氷河にとてつもない錯乱と高熱を運んできた。 「氷河っ! 氷河、どうしたのっ !? 」 突然ものも言わず その場に──幸い、そこはベッドの上だったが──ブッ倒れてしまった氷河に驚き慌てた瞬が、氷河の名を呼ぶ。 氷河の五感が支配する意識の内から、瞬の声は徐々に遠くなっていった──。 |