「何を見ている」
ふいに、ラウンジの扉の前から、氷河の声が響いてくる。
瞬は心臓が跳ねあがった。
プライバシー侵害の現場を見つかってしまったからではなく──あの雑誌を氷河が利用している事実を見せつけられて涙を零しそうになっていた自分に、氷河の声で気付かされたから──。

氷河に、氷河のせいで泣きそうになっていることを──それも、こんな下世話なことで──知られてはならない。
瞬は唇を噛みしめて後ろを振り返り、手にしていたものを氷河の前に突きつけた。
「氷河なんて……氷河なんて……これ、いったい何なのっ!」
「携帯電話」
そういうことを聞いているのではない。
慌てた様子も見せずにふざけた答えを返してきた氷河に、瞬はムッとなった。

「最近スパムメールが多いんだ。こっちによこせ」
「ごまかさないでっ! 僕、知ってるんだから! 氷河が、男の子を引っ掛けるための雑誌を買って、その相手と連絡を取ってること。みっともない! 最低!」
瞬が氷河を詰責している間にも、氷河の携帯電話には次々とメールが転送されてくる。
氷河は、それが気になっているようだった。──瞬の怒声よりも。

「黙ってないで、何とか言ったらどうなの!」
「それをこっちによこせ。さっさとそのメールの処理をしないと、たまっていく一方なんだ」
「氷河っ!」

滅多に聞けない瞬の怒鳴り声に目を剥いたのは、氷河ではなく、その時ちょうどラウンジに入ってきた城戸邸のメイドの一人だった。
手に、あまり大きくない荷物を抱えている。
「あの……北海道のおしゃまんべ書店というところから、氷河さん宛てに小包が届いてますけど……」
「やっと来たか!」

その報告を聞くや、氷河は、まるで奪い取らんばかりの勢いでメイドの手から小包を受け取り、重さを確認して、満足したように頷いた。
そして、そのまま図書室のある北の棟に向かって駆け出す。

いっそ見事なほど綺麗に氷河に無視されてしまった瞬は、今度こそ本当に声のボリュームを抑えることを忘れて、氷河が駆けていった廊下の先に向かって叫んだのである。
「氷河なんか、大っ嫌いーっ !! 」

瞬の声は、昼間の喧騒の消えた夜の城戸邸に響き渡った。






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