テレビに彼の姿が映らない日はなくなった。
彼が倒してまわる“人類に仇なす者たち”は天変地異こそ引き起こさなかったが、大型の建造物の破壊や要人の暗殺等、テロリストまがいの事件性のあるトラブルも画策したため──それらの計画は事前にヘルメスに粉砕されたのだが──彼の言動はワイドショーだけでなく、真っ当な報道番組に採用されることも多くなっていった。
そして、ヘルメス神が時の人として取り上げられる頻度が増すほどに、彼の『人類を守る神に感謝し、褒め称えよ』と言わんばかりの態度は露骨になっていったのである。


「まあ、人類に害を為しているわけではないのですから……」
「俺たちの手柄を横取りしてるじゃないか。そりゃあ、俺たちは、別に誰かに褒めてもらいたくて闘ってるわけじゃねーけど、なーんか気分わりー」
「ヘルメスは泥棒の神なのよ」

ヘルメスの馬鹿げたパフォーマンスが気に入らないのはアテナの聖闘士たちである。
不満たらたらの星矢をなだめる沙織の表情も、あまり晴れ晴れしいとは言い難いものだった。
それでもアテナは、今のところは静観の構えらしい。
星矢は、それも気に入らなかったのである。

「紫龍は腹が立たねーのかよ!」
沙織のそんな態度に焦れて、今日のヘルメス神の活躍を映し出すテレビ画面から視線を逸らした星矢は、その視線をそのまま、今度は紫龍に向けた。

「本来俺たちがしなければならないことをしてくれているのだから、礼を言ってもいいくらいだ──と言いたいところだが、あの自己顕示欲丸出しの宣伝は見苦しいな。同類と思われるのは不愉快だ」
紫龍の意見に、星矢が大きく頷き返す。
星矢の引っかかりも、実はそのあたりにあったのだ。

「氷河は何とも思わなねーのか?」
「人類は滅ぶべきだと主張する勝手な奴等を倒してくれるんだろう? 俺は文句はない。その分、俺は瞬といられる時間が増えるし、瞬も敵を傷付けずに済む」
瞬といちゃついていられればそれで満足らしい白鳥座の聖闘士は、泥棒神のすることに、あまり興味を抱けずにいる様子である。

そんな氷河に、瞬は少々遠慮がちに呟いた。
「でも、やっぱり、あの人、どこか変な気がする……。人類が滅ぶべきだと主張する神様の手先が日本にだけ現れるのも不自然だけど、それ以上に……」
ヘルメスのしていることではなく──要するに、彼が自分自身を正義の味方だと宣伝する様がどこか嫌らしく──瞬は、紫龍が言うように、彼を好ましく思ってしまうことができずにいた。
瞬の胸中では、いわく言葉に表し難い 何かもやもやしたものが くすぶっていたのである。

悪人でないのかもしれないが品性下劣。
連日ワイドショー番組の話題を独占しているのは、そういう輩だった。

が、氷河は、あくまでもどこまでも瞬以外の男には興味がないらしい。
「そんなことはどうでもいいじゃないか。そろそろ寝ないか?」

自分が興味を持てないことには意見もなく、何らかの行動を起こす気もないらしい白鳥座の聖闘士のその言葉に、これ以上なく いきり立っていた星矢はがっくりと脱力することになってしまったのだった。






【next】