ヘルメスのその言葉は、星の子学園の子供たちに自らの言動を反省させることはできなかったが、代わりに、それまで ほとんどただそこに居合わせている野次馬Aのていでいた氷河の神経を刺激することには成功した。
愛と美の女神に命を吹き込まれたピュグマリオンの彫像のように、氷河は突然動き出し、そして、ヘルメスの前にずいっと進み出た。
どこぞの泥棒の神が大袈裟な宣伝つきで世界を救うことよりも、瞬が心配そうな顔をして子供の肘に貼る絆創膏の方がはるかに価値があると、氷河は、改めて比較検討するまでもないほどに固く確信していた。

「悪行ならともかく、自分の行為を声高に美挙と宣伝してまわる者を信じる馬鹿がどこにいるか! まともな判断力を有している者なら、貴様のように胡散臭い男、悪質な扇動者か目立ちたがりの下品な輩と思うに決まっている」
氷河は自信を持って断言した。
「貴様の奮闘なんぞより、瞬の絆創膏の方がずっと価値がある」
──と。

まさか命を張った英雄的行為が絆創膏ごときに劣ると断じられることがあろうとは、ヘルメスは思ってもいなかったのだろう。
確信に満ち満ちた氷河の前で、彼は一瞬、呆けた顔になった。
もちろん、慌てて気を取り直しはしたが。

「そ……そんな誰でもできることが、私の神業に劣るというのか、貴様!」
氷河は、ヘルメスの面詰に至極あっさりと、かつ、神よりも偉そうな態度で頷いた。
「瞬は、心を込めて、いつもそれをする。人に褒められたい認められたいという さもしい根性で派手な大立ちまわりをしてみせる貴様とは、根本的に品格が違うんだ。貴様、少しは自分の下品を自覚したらどうだ」

「げ……下品だと !? 」
人間ごときに下品と言われてしまった神の立場を思い遣る親切心など、氷河は持ち合わせていない。
ヘルメスの反問を軽く無視して、彼は彼の主張を続けた。

「虚栄のために、正義の味方の振りをしたり、命懸けの冒険を冒したりする馬鹿はいくらでもいる。自分がそんな大層なことをしていると思うな。虚栄心があれば、どんな努力もどんな冒険も 人は案外簡単にできてしまうものだ。吹聴して“善行”をしてまわるとは滑稽の極みだ。人が、瞬と貴様のどちらを信じると思う。そんなことすらもわからない馬鹿か、貴様は」

仮にも神に対して、氷河は言いたい放題である。
舞台の脇に追いやられた格好の星矢に、紫龍は低い声で注意を喚起した。
「あの泥棒神、氷河の逆鱗に触れてしまったようだな。星矢、覚悟しておけ。氷河が喋り始めるぞ」

紫龍の忠告に、星矢は思いきり嫌そうに顔を歪めた。
「うへ〜。俺、やなんだよなー。氷河がべらべら まくしたて始めると、どんな悪党でも相手が気の毒になってきちまってさぁ」
品性下劣な神は同情の余地なく軽蔑していたい──というのが、星矢の本音だった。






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