事実を認識し理解することと、事実を受け入れることは全くの別物である。
星矢には、その事実は受け入れ難いものだった。
だから受け入れなかった。
これまでどんな神が人類の滅亡を是とする尤もらしい御託を並べても、頑としてそれを拒んできたように。

「だから、瞬に優しくしてやってくれ。瞬は多分、これが初恋で──」
「おまえ、本気で言ってんじゃないよな?」
同様に星矢は、『殊勝な態度で、自分以外の男と瞬の恋の成就を望む言葉を吐く氷河』というものも受け入れなかった。
氷河が同性の瞬を好きでいるという不自然は苦もなく受け入れることができた星矢は、仲間の願いが叶えばいいと思っていたし、また、その願いはいつかは叶うものだと思ってもいた。

星矢は要するに、誰もが幸福になる可能性をしか受け入れたくないという資性の持ち主なのだった。
誰もが自分の心を曲げることなく偽ることなく、単純明快に幸福になることだけを、星矢は望んでいた。
でなければ、人が生きるということは複雑で面倒なものになるから。
星矢は何よりも『単純シンプル』を愛する人間なのだ。

「瞬を泣かせるようなことをしたら、どうなるかわかってるだろうな」
そんな星矢の気も知らず──もとい、知っているのに──今時 任侠映画でも聞かないようなセリフを、今時の任侠映画ではやくざの親分役の俳優にも望むべくもない迫力と殺気で、氷河は星矢に告げた──脅迫した。

氷河は、星矢とは違って、誰もに幸せでいてほしいなどとは思っていない。
彼にはまず、瞬の幸福こそが他のすべてに優先される事柄だった。
人類の幸福は、そのあとにでも実現されればいいのだ。

「真面目な顔して、そーゆー馬鹿なこと言うなよな」
できればこんな(複雑な)問題の当事者でいたくなかった星矢が、少々引きつった笑いを顔に貼り付けて、氷河の脅迫をジョークにしてしまうことを試みる。
が、氷河は真剣そのもののていを全く崩さず、星矢の試みを明確に無視して、言葉を重ねた。
「俺は殺すぞ。瞬がおまえのせいで一粒でも涙を零すようなことがあったら、俺は必ずおまえを殺す」
「そんなことで殺されてたまるかよ!」

既に軌道修正は不可能なほど氷河が本気でいることを察して、星矢は悲鳴をあげた。
仮にもアテナの聖闘士が、地上の平和のためではなく、痴情のもつれで命を落とすなど、あまりに外聞が悪すぎる。
瞬の心が他に向いているのなら、それが自分に向かうように努力することこそが、こういう場合の正しい対処法だと、星矢は思った。
そして、自分の考えが正しいことを、星矢は疑いもしなかった。

だいたい氷河は、瞬の気持ちばかりを重視して、もう一方の当事者である星矢の気持ちを、ものの見事に無視しきっている。
「あのな! 俺は瞬のこと、何とも思ってねーの! これっぽっちも好きじゃねーの!」

星矢が最大ボリュームでそう叫んだのは、彼にしてみれば、間違った方向に進みかけている仲間──氷河──に軌道修正を促すためだった。
そして、そういう場面に瞬がタイミングよく登場するのは、ストーリー進行上の都合である。






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