「氷河……星矢……」
ラウンジの扉を開けた途端に耳に飛び込んできた星矢の大声に、瞬は一瞬、瞳を大きく見開いた。
いったいなぜそんなことを星矢が氷河に訴えているのかと困惑し、その答えに辿り着く前に、星矢の言葉の意味が理解できてしまう。
瞬の瞳には、見る見るうちに涙が盛りあがってきた。

瞬のその様子に慌てたのは星矢である。
瞬を泣かせたら殺すと言われてから1分も経たないうちにこの展開は、あまりといえばあまりではないか。
そして、それよりも何よりも。
星矢は瞬が“好き”だったのだ。
瞬を泣かせたくはなかった。

「いや、だから、ほんとに嫌いなんじゃなく……! 俺はおまえのこと、仲間として好きだし、信頼もしてるし、友だちとしては最高だと思ってるぞ。でも、だからって、おまえとくっつけなんて氷河に脅されるいわれもなければ義務もなくて──」
なぜ自分が瞬に対してそんなことを弁解がましく言い募らなければならないのかと、星矢は苛立ちまくっていた。
悪いのは誰だと、誰にこの怒りを向ければいいのだと、星矢はまずそれを考えた。

瞬の瞳に盛りあがってきていた涙が、星矢の弁解のせいで、一粒、瞬の涙壺から溢れ出る。
『氷河に殺される!』と、その瞬間、星矢は本気で思った。
泣きたいのは星矢の方だった。

瞬が、開けたばかりの扉をそのままに、星矢たちの前から駆け出していく。
星矢は氷河に氷漬けにされることを覚悟して目をつぶった。
こんなことで仲間に殺されるなど、不名誉極まりなく、不本意の極みだったが、今の氷河に勝てる自信が、今の星矢には全くなかったのだ。
いっそ潔く殺されてしまった方が、瞬を傷付けたことへの贖罪になるかもしれないと、星矢は腹を決めた。

──のだが。
待てど暮らせど、氷河の凍気は星矢に襲いかかってはこなかった。
星矢が恐る恐る目を開けると、氷河は瞬を追いかけていったものらしく、その場には既に、氷の聖闘士の影も形も存在してはいなかった。

「は……はは、当然だよな」
虚空に向かって独りごちてから、全身の緊張が解けた星矢は、その場にへなへなとへたり込んだ。
九死に一生を得た時に、人は笑うしかないものだということを、星矢は初めて知った。






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