「瞬……」
驚いたのは瞬だけではなかった。
瞬以上に氷河が、まるで自棄になったような瞬の言葉に、衝撃を受けていた。
平生の瞬なら、たとえ冗談でも命を軽々しく扱うようなことは言わない──はずだった。

氷河は、本当に星矢を殺したくなってきてしまったのである。
瞬をこれほどまでに変えてしまう力を星矢が有していることに、どうしようもない妬みを覚える。
そして、その力を持たない自分がみじめに感じられて仕様がなかった。

だから、氷河は言ったのである。
「なら、一緒に死んでやる」
と。
自分にその力がないのなら、生きていても仕方がないではないか。
瞬を幸せにする力がないのなら。

「……氷河」
思いがけない氷河の言葉に──というより、むしろ、そう告げた氷河の声が、心弱い仲間を責める響きを伴っていないことに──瞬は──瞬もまた驚いた。

そんなことを軽々しく言うなと、氷河は自分を怒鳴りつけてくるだろう──瞬はそう思っていたのだ。
アテナの聖闘士は、心も身体も強いことを美徳とされる世界に住んでいる。
まさか氷河が、仲間のこんな弱さを許してくれることがあろうとは、瞬は想像だにしていなかった。
『たかが失恋くらいで女々しいことを言うな』と罵倒され、殴られることを覚悟して──否、覚悟すらせず、何も考えずに、瞬はその言葉を無思慮に吐き出したのだ。

(そっか……。僕、失恋したんだ……)
今頃になってそんなことを自覚する自分を、瞬は、どうしようもない馬鹿だと思った。
それから、馬鹿な自分を嘲笑う。
こんな馬鹿に、氷河を付き合わせるわけにはいかなかった。

「どうして氷河まで死ななきゃならないの」
自らの失言を冗談にしてしまうために、形だけの笑みを作って、瞬は氷河の顔を見あげた。
そして、瞬は、その冷たさに痛みさえ覚えて、これまで滅多に正面から見詰めたことがなかった氷河の青い瞳に出会った。

二人の周囲では、相変わらず細雪が舞っていた。
「氷河、睫毛が長いから雪が……氷河の睫毛に雪が引っかかってる」
今夜は不思議に氷河の眼差しが恐くない。
瞬は、凍えて冷たくなっていた指先を、氷河を飾っている雪の方に伸ばしかけた。
瞬の指がそこに辿り着く前に、氷河が一度瞬きをする。
雪の粒は、氷河の頬に零れ落ちた。

「氷河……泣いてるみたいに見える……」
氷河に触れようとしていた指を、瞬は直前で止めた。

瞬にそう言われても、氷河は何も答えなかった。
笑いもしなければ、否定もしない。
瞬はふと、氷河はもしかしたら本当に泣いているのではないかと、そんな不安に捕らわれてしまったのである。

氷河の頬の雪を取り除けようとして伸ばした指を、瞬はそのまま下におろした。
氷河の頬のが、もし熱かったならどうすればいいのか、それが瞬にはわからなかった──恐かった。

「や……やだ……。なんで氷河が泣くの。氷河、泣かないで。やだ、どうして──」
本当に氷河が泣いているのかどうかは、瞬にはわからなかった。
雪は相変わらず二人の上に降り続いている。

氷河の方が自分よりずっとつらそうに見えることが苦しい。
その青い瞳と涙から逃げるように、瞬は、氷河の胸にしがみつくようにして彼を抱きしめた。






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