そうして、あの雪の夜から数日後。
正義は正義、悪は悪、何よりも『単純シンプル』を愛する星矢は、瞬の部屋に乗り込んで直談判に及んだのである。
瞬の気塞きふさぎの原因が、数日前とは微妙に違ってきていることに気付かないままで。

「瞬! おまえ、何だって、俺が好きだなんて血迷ったこと考え始めたりしたんだよ!」
突然星矢に怒鳴りつけられて、瞬は、実に数日振りにその事実──自分が星矢を好きでいるという事実──を思い出した。
忘れていた自分自身に少なからず驚愕しながら、瞬は少し遠慮がちに答えたのである。
「嫌いになる理由がない。星矢は明るくて屈託なくて元気で、見てると僕も元気になれるし……」

「それは友だちとしてのことだろ!」
星矢がきっぱりと言い切る。
星矢があまりに確信に満ちていることに、瞬はたじろいだ。

「それは……」
それはそうなのである。
数ヶ月前までは、確かにそうだった。
では、自分はいつ星矢を“好き”だと感じるようになったのだったか──。
瞬は、自らの記憶の糸を辿る作業を開始した。
このところ、氷河の涙にばかり気を取られていた瞬の意識が少しずつ、自分がそう・・と感じるようになったきっかけの出来事を思い出し始める。

「ちょっと前に……僕が日の暮れたサンルームでうたた寝してた時、星矢、上掛け掛けてくれたでしょ。僕、嬉しかったんだ」
「は……?」
瞬の告げた言葉を聞いて──そんなことで人は人に恋ができるものなのかと、星矢は一瞬あっけにとられてしまったのである。
が、瞬が血迷い・・・始めた原因がそんなことだったというのなら、それは星矢には非常に好都合なことだった。
なにしろ、星矢がそんな柄にもない親切をしでかしたのは、
「氷河がそうしろって言ったからだよ!」
──だったのだから。

「え……?」
星矢に明かされたその事実に、瞬が瞳を見開く。
委細構わず、星矢は言葉を続けた。
「氷河がおまえの寝顔なんか見たら、何しでかすかわからないだろ。だから、奴は俺に代理を頼んだの! つーか、俺は命令されたの! おまえ、風邪が治ったばかりだったのに、暖房のないとこでうとうとしてただろ!」

「そ……その風邪をひいた時にも、星矢がリンゴのコンポート、持ってきてくれて──」
「それも、俺は氷河に言われて運んだだけ! 作ったのは厨房のおばちゃんだし、おばちゃんも氷河に頼まれて作っただけ。奴のお袋さんが、氷河が風邪ひいた時には、いつもそれ作って食わせてくれたんだと!」
「あ……」
瞬は──少し混乱し始めていた。

「きょ……去年、花壇の──僕が好きだった白いアリッサムの花の絨毯が台風でぐちゃぐちゃになっちゃった時、星矢が直してくれた……」
「それをしたのも氷河」
「でも、あの日、星矢が泥だらけで──」
「俺は、焼き芋3本の報酬に釣られて、土運びを手伝っただけ! しぶしぶ!」

「そんな……」
そんなことがあるだろうか。
あっていいものだろうか。
“星矢にしてもらって嬉しかったこと”のすべてが、実は氷河の仕業だった──などということが。

「星矢は、でも、僕が外出して雨に降られた時にも、わざわざ傘を──」
ここまで事実を知らされても まだ納得できないのかと、星矢は瞬の食い下がりに、少しく苛立ちを覚え始めていた。
このあと、瞬が何をどれだけ語っても、それらのことはすべて、結局は氷河につながっていくことであるに違いないのに。

「それもこれも全部氷河! 俺はただの使いっ走り! 俺は、雨に濡れたくらいで風邪ひいたりしねーの。だから、おまえもそうだと思ってたの。それを氷河の奴が無理矢理──。だいたいこの俺が、んな細かいことに気がまわるはずねーだろ!」
「で……でも、氷河はそれ以上に──」

他人のことを気にかけていないように見える──そう見えていたのだ、瞬には。
その青い瞳は何も映しておらず、遠くを見ていることが多かった──ように思う。
時々視線が出合うと、瞬はその虚無の色を呈しているような氷河の青い瞳に身震いを覚えることさえあった。

「おまえは氷河の特別なの! 確かに氷河はまともに他人に注意向けることがなくて、俺の3倍くらいズボラで気が利かなくて鈍いけど、おまえだけは特別! それくらいわかってやれよ!」
これが結論だと言わんばかりに、星矢が声を張りあげる。
その大声に気圧けおされて、そして、自分がこれまでに重ねてきた幾つもの錯誤と誤認に混乱して、瞬は、渾身の力説を続ける“仲間”の顔を見詰め返した。






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