「じゃあ、僕は……」
瞬がやっとその事実に気付いたのは、星矢の大演説が一段落してから数分後のことだった。
「僕が好きになったのは、最初から氷河だったの?」

「そうに決まってるだろ!」
まだ完全には戸惑いの消えていない瞬の声に畳みかけるように、星矢が断定する。
「あ……」
瞬は、そうして、再び、あの雪の中で見た氷河の瞳の色を思い出した。

氷河があの時泣いているように見えたのは、では、彼の不幸な別の恋を嘆いていたのではなく──彼は、“氷河と瞬の恋”が不幸なことを悲しんでいたのだろうか。
あれほど憎んだ氷河の涙の原因が、もし自分だったのだとしたら──。
瞬は、自分がどうすればいいのかがわからなかった。
そして、氷河の恋の相手が自分だということにも、自分が本当に好きになったのは氷河だったのだということにも、瞬は確信が持てなかった。

「でも、あの……」
「まだ何かあるのかよ!」
つくづくこういうことには向いてないと、星矢は些少でない苛立ちを覚えつつ、瞬に問い返した。
瞬が、気後れした様子で、自らの疑いを口にする。

「誰かを好きになるって、その人が嬉しそうにしてたら、僕も嬉しくなって、その人が楽しそうにしてたら、僕も楽しくなるってことでしょう?」
「そんなの、憎んでる奴以外だったら誰だって──友だちだって赤の他人にだって、そういう気分になるもんだろ」
「それはそうだけど、僕……。僕、氷河を見てて、自分が嬉しくなったことなんて一度もない……」

「そ……そうなのか?」
こればかりは瞬の主観の問題である。
瞬の意外な告白に、さすがの星矢も勢いを失った。

目を丸くしている星矢に、瞬が小さく頷く。
「氷河を見てると──あの青い目に見られてるのに気付くと、僕はいつも恐くなって、息苦しくなって……。でも、僕、星矢を見てると安心して、ほっとできるんだ。氷河はいつもいつも僕を憎んでるみたいにきつい目で僕を睨んでて、恐くて──」

瞬は、ずっと恐かったのだ。
あの雪の夜、初めて氷河の瞳を真正面から見詰め、その瞳が涙をたたえているように感じた、あの瞬間まで。
いつからそう感じるようになったのかは思い出させない。
氷河と語り合い笑顔を交わしたことが皆無だったはずはないのだが、瞬は、最後にそれをしたのがいつだったのかを思い出すことができなかった。
瞬が今思い出せるのは、あの星のような雪の中で見た 氷河の苦しそうな眼差しと つらそうな言葉、そして氷河の体温だけだった。

「おまえ……俺を安全パイだって馬鹿にしてることに、自分で気付いてんのか?」
瞬の意外な告白に、一度は現状打破の術を見失いかけていた星矢は、瞬の詳細説明を聞いて、再び浮上した。
要するに、そういうことなのである。

「ば……馬鹿になんて………」
そんなつもりは全くなかった。
ただ、人を好きになるということは、そういうものなのだろうと──二人でいることで優しく温かな気持ちになれることなのだろうと──瞬は信じていたのだ。
そして瞬は、氷河に対してそんな気持ちを抱いたことがなかった。

「氷河はいつも、とろけたバターか何かみたいに甘ったるい目でおまえを見てるし、おまえが氷河の視線に気付いてびくびくする羽目に陥った時には──どーせ何かスケベなことでも考えながら おまえを見てたんだろ、あの馬鹿」
身も蓋もない言葉で、星矢が断じる。
それから星矢は自信満々のていで、瞬に告げた。

「あのな。おまえ、今すぐ氷河のとこに行って、奴に好きだって言ってみろよ。そしたら、おまえも、氷河のせいで嬉しくて楽しい気分になれるから」

かくして瞬は、揺るぎない確信に満ち満ちている星矢に背中を押されるようにして、氷河の部屋に赴くことになってしまったのだった。






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