「おまえは冥界での闘いのあと、少し変わった」
「そう?」
「以前はもっと……諦めがよかった。俺はおまえのそういうところが嫌だったが」
「うん……」

そう。僕は以前はとても諦めがよかった。
闘いの最中に自らの生を諦めることを何度もした。

「死ねば僕はもう人を傷付けずに済んで、僕の闘いは終わる。それで二度と迷い苦しまずに済むのなら、その方がどれだけ楽かって思ったんだ。でも今は──」
「今は?」
「生きていたいんだ。変かな」
「いや……」

軽く左右に首を振る氷河の頬は青白い。
死人みたいに。
綺麗すぎる人間は時々、まるで生きていないみたいに見えることがある。

「生きていたい、か……」
氷河の呟きは僕を不安にし、同時に安堵させた。
「? 氷河はまるでそうじゃないみたい」
『俺は生きていたくない』──そう言っているみたいな氷河の言葉は僕を不安にしたけど、完璧な美を備えた彫像の唇から漏れる 心許なげであやふやな口調は、それが不完全であるが故に、氷河は死人ではなく生きている人間なのだと僕に感じさせて──だから、僕は安心したんだ。

「そんなことはない。死んでしまったら、こんなこともできないし」
不安と安堵を交錯させて心と身体とが不安定になっていた僕の中に、氷河が乱暴に押し入ってくる。
「ああ……っ!」
それはいつもより唐突で、でも、氷河の乱暴に慣れている僕の身体はすぐに氷河を受け入れ、飲み込み、二度と離すまいとするかのようにきつくねっとりと氷河に絡みつき始めた。
そんな僕の身体の反応を嘲笑うように、氷河はそれを引き抜き、そうすることで僕に絶望的な悲鳴をあげさせ、僕のその声を聞くと、氷河はまた挑むように僕の中に突き入れてくる。
僕は氷河の乱暴に歓喜の声をあげ──その繰り返しが長く続く。

氷河は、その時にはいつも、まるで激しい憤りを忘れるために僕の身体にすがってるみたいに激情的だ。
僕が聖闘士でなく普通の人間だったなら、多分、僕の身体は氷河に荒らされて、早い時期に全ての精気を氷河に吸い取られ朽ちてしまっていたかもしれない。
吸血鬼に血を吸われた彼の獲物みたいに。

死霊に魅入られた犠牲者たちが歓喜と陶酔の中で絶命していく時の気分を、冥界からの帰還後、僕は氷河の下で幾度も味わった。
もちろん僕は、不死人の犠牲者たちと違って死ぬことはなかったけど。

氷河との交わりで擬似的に感じる死の陶酔は、僕を快く酔わせ、僕の生への執着をますます強いものにするだけだった。






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