『生きている者と死んでいる者が交わるのは不自然なことだろうか』

瀕死の氷河を目の前にして、僕は、以前氷河が僕に呟いたその言葉を思い出していた。
氷河が自ら我と我が身を敵の拳の前にさらしたのでなければ負うはずがなかった傷は、あとからあとからとめどもなく血を吐き出し、それは大地に吸い込まれていく。

氷河に致命傷を与えた敵は、さほどの力を持つ者じゃなかった。
それは、本来の氷河なら、一撃で倒せていた相手のはずだった。

冥界からの帰還後、僕とは対照的に氷河は、生への執着心を薄れさせていた。
それには、僕も気付いていた。
でも氷河はセックスだけは生きることしか考えていない野獣のように激しかったから、僕は自分の感じていることを否定して──ううん、僕は氷河の獣欲の強さにごまかされていたんだ。

いったい何が氷河をそんなふうに変えてしまったのか──。
泥と血で汚れ大地に倒れた氷河の脇に両膝をつき、手を伸ばしても引き止めておけない氷河の命の前で何もできず、僕はただ呆然としていた。

「──これで本当に死ねる」
それが氷河の最後の言葉だった。

この現実を受け入れられず、涙を零すこともできないでいる僕がすぐ側にいることにも、氷河は気付いていないようだった。
氷河は僕を見ていなかった。
ただ虚空を──何もない虚空に何かを探し求めているように──彼は、ただ虚空を見詰めていた。


もしかしたら氷河は、自分が死んでいるんじゃないかと疑っていたんじゃないだろうか。
ぼんやりと、僕はそう思った。
だから、氷河はあの夜、僕に、死者の国から蘇ってくる死霊の話をしたんじゃないだろうか──と。

でも、そんな疑いはナンセンスだ。
死ぬことは、生きている者にしかできない。
今、死に行く氷河は、だから生きている──生きていた。
その事実に気付いても、氷河は自らの死を覆すことを望まなかったらしい。
彼はその場で──僕の目の前で──生きていることを静かにやめた。






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