『ロシアの死霊が生に執着し、この世に未練を抱いて、生者の国に戻ってくるのは、滅びを怖れるからでもなければ、生命の力そのものを望むからでもない。死によって愛を失いたくないからだ』 『氷河がもし本当は死んでいて吸血鬼になって蘇ってきたのだとしても、僕は氷河を受け入れるよ。死の国に追い返したりしない。帰ってきてくれたことを喜ぶ』 『──ありがとう』 そうして僕は──僕は、あの夜の会話の意味を初めて知った。 初めて正しく理解した。 氷河は気付いていたんだ。 僕が死んでいること。 死んで蘇ったのは、氷河じゃなく僕だった。 愛に未練を抱いて、浅ましく生者の世界に戻ってきたのは僕の方だったんだ。 だって、それこそが僕の生きている理由だったんだもの。 世界への、人間への、仲間への、兄弟への、氷河への──愛と執着。 僕は、それを、自分のそれまでの人生の中で、十分に誰かに与え尽くしたとも、十分に誰かから与えられ尽くしたとも思っていなかった。 その未練が、僕の内に生への執着を生んだ。 氷河はそのことを知っていて、なのに、気味悪がりもせずに、死人の僕を抱きしめてくれたんだ。 そして、でも、だから彼は、僕のように生者の世界に還ってはこない──んだろう。 僕が本来は死者の国に存在する人間だということを知っているから、氷河はそこで僕を待っているんだ。 そして、僕が死霊だったから、そのことを氷河は知っていたから、氷河の生への執着はどんどん薄れていった──。 生きる理由と死ぬ理由。 それは、僕と氷河には同じものだった。 人間が生きる理由を求めるってことは、死ぬ理由を求めていることと同じ。 結局は、命を懸けられる何かを求める行為だ。 氷河は、氷河がその価値があると思ったもののために生き、死んでいった。 僕は、僕がその価値があると思ったもののために生き尽くしたと思うことができなかったから蘇った。 そうして蘇ってしまった僕は、じゃあ、これからどうすればいいんだろう。 この世界──氷河のいない世界だ──で生き続けようとすることが正しいのか、それとも死の世界に戻ろうとすることが正しいのか。 ううん。そもそも既に死んでいる僕は、望んだからといってすぐにもう一度死ぬことができるんだろうか。 そしてもし、そうすることが可能だとして、僕は心底から死を望むことができるだろうか。 人は生きている限り迷うものだそうだけど、それはほんとは少し違う──と僕は思う。 人は心がある限り迷うもの、なんだ。 僕は、だから、迷い続けた。 生と死の両方を望む僕の心が、僕を迷わせ続けた。 |