「あなたたち、いったい朝から何の話をしているの」 アテナの聖闘士たちの早朝の爽やかなディスカッションを中断させたのは、他ならぬ彼等の女神だった。 自習時間に騒いでいたところをベテラン女教師に注意された小学生よろしく、即座に青銅聖闘士たちは神妙な顔になる。 「そういう話は、私や瞬に聞かれる危険のない物置の隅かどこかでするように。瞬の前では猥談もできない臆病者たちには、日陰の場所がお似合いだわ」 もののわかった粋な女教師に忠告に、彼女の聖闘士たちは一様に肩をすくめた。 「相変わらず きついですね。何かあったんですか?」 まさか地上を統べる知恵と戦いの女神が、わざわざ生徒の猥談に教育的指導を入れるためにお出ましになるはずもない。 校則違反の長髪を背に垂らした不良生徒は、すくめた肩を更にすくめて、彼の女神にお伺いをたてた。 紫龍の『先生、質問!』で、教室にやってきた本来の用事を思い出したらしい沙織が、ベテラン女教師の真似をやめて、普段の女神の表情に戻る。 そうして、彼女は、彼女の用事を彼女の聖闘士たちに告げたのだった。 「ギリシャで大変なことが起きているの。ついさっき、黄金聖闘士たちから助力の申し出がきたので、あなたたちに行ってもらおうと思って」 「俺たちに? 黄金聖闘士でも倒せないような強力な敵が現れたんですか」 「敵は大した力は持っていないのだけど、なにしろ数が尋常じゃないの。黄金聖闘士たちも昼夜を分かたず奮戦しているそうなんだけど、増殖に駆除が追いつかないようなありさまで、ここは人海戦術でいこうということになったのよ。行ってくれるかしら?」 アテナの聖闘士たちには――特に星矢には――アテナの要請を断る理由はなかった。 なにしろ、氷河の下半身問題を語る以外にすることもないほど、彼等は暇を持て余していたのだ。 仲間をネタにした猥談に興じるのも楽しくないわけではないが、闘いの高揚感は、そんなものの比ではない。 星矢は、掛けていた椅子を蹴倒す勢いでダイニングテーブルから立ち上がった。 氷河も――彼は、星矢ほど久し振りの闘いに乗り気ではなかったのだが――とりあえず、仲間たちの後に続こうとした。 そんな氷河に、沙織が声をかける。 「あ、氷河。瞬は残していきなさい」 「は?」 「瞬は一緒に行っても役に立たないでしょう。誰のせいかは知らないけど、今も部屋で休んでいるようだし……。ヘリポートにジェットヘリを準備してあるわ」 「…………」 沙織の判断と指示は、この場合は的確なものだったろう。 沙織がそう言わなければ、それは氷河の方から許可を求めていたかもしれないことだった。 それでも、その指示は、氷河には手放しで喜べることではなかったのである。 「氷河、おまえ、ほんとに加減ってものを知らないゴリラだな」 久方振りに思い切り暴れる機会と場所を与えられた星矢は、氷河を非難する声も弾んでいる。 朝まで瞬を楽しんだ身の氷河には、ここで星矢に『俺のせいじゃない』と反駁することはできなかった。 |