昔々、まだ普通に魔法使いがいた頃の、遠い北の国でのお話です。 北の国には大層我儘で気紛れなお姫様がおりました。 その我儘振りといったら、ある日突然 とっても偉い大臣に、お馬さんごっこの馬になりなさいと言ったり、雨の夜にもお星様を見たいと言い出したり、亡くなった祖父様に会いたいと泣き出したり、美形メンバーだけで構成されているお姫様用の親衛隊を作りたいと駄々をこねたり、それはもう尋常の我儘振りではありませんでした。 そんな我儘なお姫様は、けれど、国民の絶大な人気を誇っていました。 お馬になれと命じられた大臣は、いつも国民に意地悪をしている嫌な大臣でしたし、亡くなったお祖父様を慕うお姫様の気持ちはいじらしくも健気。 雨の夜にもお星様を見たいというお姫様の我儘を叶えるために建設されたプラネタリウムは北の国の科学の発展に役立ちましたし、その建物は国民にも無料で開放されましたので、国民は大喜び。 プラネタリウムの建設に携わってご褒美をもらった天文学者は、それまで清貧の学究生活を送っていた人徳者で、北の国の国民は誰もが彼の栄誉を祝福しましたし、美形オンリー親衛隊の結成は、身分が低くてお城にあがることもできなかった青年たちに、出世の機会を与えるものでした。 もし北の国のお姫様の我儘が、綺麗なドレスを着たいだの、高価な宝石が欲しいだのという、お姫様だけが幸せになる我儘だったなら、北の国の国民だって、フランス革命前夜のパリ市民のように怒り狂っていたに違いありません。 けれど、北の国のお姫様の我儘は、時に国民に思いがけないご褒美や名誉をもたらすものでした。 しかも、その幸運に当たる確率は、極東の某島国で宝くじに当たる確率よりずっと大きかったのですから、北の国の国民はいつも、お姫様が今度はいつ どんな我儘を言い出すのかを楽しみにしていたのです。 そのお姫様の今回の我儘。 それは、『来週の建国記念日に、北の国の国花であるマツユキ草の花を、亡きお祖父様の肖像画の前に飾りたい』というものでした。 それは北の国のお姫様にしてはとても可愛らしい我儘でしたけれど、マツユキ草は春の花。 そして、今は真冬。 それでも国民たちは、もしかしたらと色めきたって、清楚な純白のマツユキ草の花を求め、あちこちの森や草原に出掛けていくことになったのでした。 |