さて、ここでお話の舞台は、北の国の都のはずれにある古い教会に移ります。
その教会には歳をとった神父様がひとりと、身寄りのない子供たちが数人、身を寄せ合うようにして暮らしていました。
子供たちのほとんどは、両親を亡くして一人ぽっち。
家もなければ家族もなく、神父様に引き取られたきっかけはそれぞれでしたけれど、貧しいながらも人のよい神父様を見習って、みんな神様を信じて懸命に生きておりました。

その中に、当年とって4歳の、女の子と見紛うほど可愛らしい顔立ちをした一人の男の子がいました。
名前をシュンといいます。

シュンは生まれてすぐに両親と死に別れ、二つ歳の離れたお兄さんと、この教会の神父様に引き取られました。
シュンは貧しくても素直で優しい気立てでしたので、お兄さんや神父様に深く愛され可愛がられていました。
もちろん、教会で暮らしている同じ境遇の仲間たちも、シュンにはとても優しく接してくれましたよ。
ですから、シュンはますます素直で優しく可愛らし男の子になっていくのでした。

そんなシュンが、今回のお姫様の我儘のおふれを聞いたのは、シュンの暮らしている教会に時々世話にきてくれる古着屋のおかみさんの店に お使いにいった帰り道のことでした。
シュンは、神父様にそういうお使いを頼まれることが多かったのです。

北の国の気のいいおかみさんたちは、お使いに来たシュンの可愛い様子を見ると、いつも目を細めて、教会への寄進を最初の予定よりも少し多めにくれるのでした。
とは言っても、北の国の古い教会での孤児の暮らしを気にかけてくれる優しい人たちはみな貧しく、その寄進もとてもささやかなものでしたけれどね。

お姫様のおふれを聞いたシュンは、真冬にマツユキ草の花が咲いているはずがないのに……と、最初は思いました。
でも、もしマツユキ草の花をお姫様に届けることができたなら、ご褒美がたくさんもらえて、 いつも薄手の上着一枚で信者の家を回っている神父様に暖かな外套をプレゼントできるかもしれません。
教会の仲間たちにも、白いパンを食べさせてあげることができるかもしれません。

そうなったら、どんなに素敵でしょう。
シュンは思わず、想像の中の暖かい外套やふんわりした白いパンにうっとりしてしまいました。
そして、シュンは、とあることを思い出したのです。

シュンはずっと前に、わずか6歳にして放浪の旅に出ているお兄さんから、魔法使いのいる森の話を聞いたことがありました。
心からそれを求める者にだけ見える魔法の森。
その森に至ることのできた貧しい人や困っている人は必ず救われる。
そんな森が、この北の国のどこかにはあるのだと。

残念なことに、シュンはその森がどこにあるのかを知りませんでした。
それでもどうしても諦めきれなかったシュンは、翌日、夏の間幾度も野イチゴを摘みに行った大きな森に出掛けてみたのです。

冬の間、その森は深い雪に閉ざされます。
シュンも、真冬にその森に入るのは初めてでした。
シュンはブーツなんて洒落たものは持っていませんでしたから、古靴屋のおじさんにもらったぶかぶかの長靴に藁を詰めて、古着屋のおかみさんにもらった裾がほつれて丈の短いオーバーを着て、ちょっとびくびくしながら その森に分け入ったのです。

冬の間は訪れる者とてない白い森は、それだけで魔法の森のようでした。
真冬の森はどこもかしこも真っ白で、そこにある木々も皆 似たような白いコートを羽織っていて、シュンはすぐに自分がどこを歩いているのかがわからなくなってしまったのです。
白い森で迷子になってしまったシュンが、雪に足を取られてちょうど10回目に転んだ時でした。

これはいったいどういう魔法でしょう。
雪の中から顔をあげたシュンの目の前にぽっかりと、不思議な洞窟が口を開けているではありませんか。
確か、シュンが雪の中にばふっと転ぶまで、そこには白い外套を着た大きなカラマツの木があったはずなのに。
その時、もしかしたらシュンは、既に魔法の森の中に入っていたのかもしれません。

大人の男の人の身長くらいの高さがある洞窟の入口は半分以上雪に埋もれていましたが、その中はかなり奥行きがあって、奥に入れば風雪はしのげそうです。
シュンは冷たくなった足を励まして、かじかんだ手を励まして、そして、ちょっと恐がっている自分の心を励まして、その洞窟の中に入ってみることにしたのでした。






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