普通の服を着ている王子様を氷の柱の外に出すことはできないものかと、シュンが本気で考え始めた時でした。
突然シュンの背後から、
「そこの子供、何者だ!」
と、シュンを咎めるような声が広場に響いたのは。

その声に弾かれるようにシュンが振り返りますと、そこにはシュンの2倍以上背の高い、なかなか美形のおじさんが一人立っていました。
もしかしたらそのおじさんは本当はお兄さんだったのかもしれませんが、まだたった4つのシュンには、おじさんもお兄さんも大した違いはありませんでした。

そのおじさんの眉は、不思議なことに二つに割れていました。
その上、二股眉のおじさんは、肩からくるぶし近くまで丈のある長いびらびらしたマントを背中に垂らしていました。
もちろん、それは、北の国の普通の人の格好ではありません。
ですから、そのおじさんが魔法使いだということに、シュンはすぐに気付きました。

きっとここは魔法使いの秘密の場所で、普通の子供は足を踏み入れてはいけないところなのでしょう。
そんな秘密の場所に入り込んでしまった普通の人間は、きっと罰せられるに違いありません。
シュンはもう恐くて恐くて、身体を小さく丸めるようにして、ぎゅっと固く両目をつぶってしまったのです。

「何をしにこんなところに来たんだね」
けれど、次にシュンの上に降ってきた魔法使いの声は、思いがけずとても優しいものでした。
シュンが恐る恐る目を開けて魔法使いの顔を見あげると、そこには、子供にびくびくされていることに傷付いたようなおじさんの、実に微妙な表情があったのです。

シュンは勇気を出して、自分がここにやってきた訳を二股眉の魔法使いに告げました。
「マ……マツユキ草を探しに……」
「マツユキ草? マツユキ草は春に咲く花、今は冬だ」
「でも、お城のお姫様が、あさってまでにマツユキ草の花をお城に持って行った人にご褒美をくれるって……」
「なんだと?」

シュンがお姫様の出したおふれのことを説明すると、二股眉の魔法使いは、
「この国はいつから我儘な子供の巣窟になったんだ。嘆かわしい」
と呻くように言って、右の手で顔の半分を覆ってしまったのです。

その様子を見て、シュンは、二股眉のおじさんをあまり悪い人ではなさそうだと思いました。
でもシュンは、歳のわりにとても慎重な子供でしたからね。
一応、本人にその確認をしたのです。
「あなたは悪い魔法使いじゃないの?」
シュンの質問に、二股眉の魔法使いが心外そうな顔を作ります。
「私は、カミュ。悪い魔法使いではない。この国の水と氷を司る良い・・魔法使いだ」

自分で自分を良い人だと主張するような人を、普通の人間は胡散臭く思うものですが、シュンは素直な子供でしたので、もちろん魔法使いの言うことを素直に信じました。
それに今のシュンには、二股眉の魔法使いが良い魔法使か悪い魔法使いなのかということより、ずっと気になることがあったのです。

「あの……この子は 魔法にかけられた王子様?」
シュンは、普通の服を着た王子様が閉じ込められている氷の柱を指差して、もう一度二股眉の魔法使いの顔を見あげました。
二股眉の魔法使いが、あっさりと首を横に振ります。

「王子? とんでもない! この子は私の弟子だったんだが、いたずらが過ぎるので、お仕置きを受けてるんだ。この氷の棺に閉じ込められて、もう半年になる」
「いたずら?」
「そうだ。私の太く凛々しかった眉を、未熟な魔法で二股に分けてしまったんだ。腹の立つことに、一度かけられた魔法を解くことは魔法をかけた魔法使いにしかできない。だからさっさと元に戻せと命じたのに、戻すのは嫌だと意地を張り続けるから、こうして罰を受けているんだ」

二股眉の魔法使いの眉を二つに分けてしまったのが、氷の中に閉じ込められている男の子だと聞かされて、シュンはびっくりしてしまいました。
では、この氷の柱に閉じ込められている男の子も魔法使い──ということになります。
シュンとあまり歳も離れていないように見えるのに、なんてすごいんでしょう。
素直なシュンは、もちろん素直に感心しました。

それからシュンは、自称“良い魔法使い”カミュに訊いてみたのです。
「どうして二股眉だといけないの? ありきたりじゃなくて、とっても素敵なのに」
「なに?」
「カミュ先生はお顔立ちが整いすぎるほどに整ってるから、少し普通と違うところがあった方がいいと思います」

シュンが魔法使いのカミュを『カミュ先生』と呼んだのは、氷の柱に閉じ込められている王子様がカミュの弟子だと聞いたからです。
魔法使いカミュよりも、自分と歳の近い王子様の方に親近感を覚えて、無意識に自分を王子様と同じ立場に置いたわけですね。

良い魔法使いのカミュは、どうやらシュンの言葉に大変気を良くしたようでした。
魔法使いでも人間でも、褒められたら嬉しいのはおんなじです。
「君はなかなか正直な子だね。見る目もある。よろしい、その正直さへのご褒美として、特別サービスで君にマツユキ草をプレゼントしよう」

カミュがそう言い終わった時にはもう、マツユキ草の花が植えられた花カゴがシュンの手に握られていました。
シュンはとっても驚きました。
目の前で実際に魔法を見るのは、これが初めてでしたから。

この花をお城のお姫様のところに持っていけば、神父様に暖かい外套を、仲間たちに白いパンを食べさせてやることができるのです。
こんな嬉しいことはありません。
こんな嬉しいことはなかったのですが……。






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