「カミュ先生、あのお弟子さんはいつ許されるんですか?」 今のシュンは、神父様の外套より仲間たちの白パンより、氷の柱に閉じ込められている魔法使いの弟子の方が気になっていたのです。 離れたところで苦労している人への思いより、目の前でつらい目に合っている人への同情心の方が勝るのは、まあ善良な小市民であるシュンには当然のことだったかもしれません。 「そうだな。ちょっと反省したかどうか確かめてみるか」 シュンに問われたカミュが思いついたようにそう言って、氷の柱の前で魔法の呪文を唱えます。 途端に氷の柱は一瞬で幻のように消え失せ、シュンの眼前には、シュンよりちょっと背の高い金髪の王子様が立っていました。 シュンが思っていた通り、その瞳は真っ青で、シュンはちょっと嬉しくなってしまったのです。 「どうだ、ヒョウガ。反省したか」 どうやら魔法使いの弟子の王子様の名前はヒョウガというようです。 シュンは、その名前をしっかりと胸に刻み込みました。 隔てるものなしに見ると、ヒョウガは本当に綺麗な男の子でしたが、 「そっちの方が面白くていいだろ! 半年もこんなとこに閉じ込めやがって!」 目上の人への口のきき方を知らない男の子でもあるようでした。 「『ごめんなさい、もうしません』と100回言わないと、また閉じ込めてしまうぞ」 カミュにそう言われても、 「誰が言うもんか……!」 ヒョウガは自分の先生にあかんべをして、ぷいと横を向いてしまいました。 半年もお仕置きを受けていたのに少しも反省していない様子のヒョウガに、カミュが大きな溜め息を洩らします。 シュンはなんだか、ヒョウガよりカミュの方が気の毒に思えてきてしまいました。 が、肝心のヒョウガは、そんなことは全然考えていないよう。 カミュの横に隠れるように立っていたシュンに気付くと、彼は青い瞳を大きく見開いて、それからやっぱりちょっと横柄な口調で自分の先生に尋ねました。 「それ、誰だ」 「迷子のようだ……いや、おまえに良い魔法使いになれる見込みがなさそうだから、さっさと見限って、新しい弟子を取ろうかと思ってな」 カミュはそう言って、ちらりと意味ありげな視線をヒョウガに向けました。 そんな話、シュンは初耳でしたから、どう考えてもそれはカミュが咄嗟に思いついた嘘。 きっとカミュは、その言葉を聞いたヒョウガが師匠に見捨てられるかもしれないと不安になって、心を入れ替えることを期待したんですね。 そんな期待は意味のないものでしたけれど。 ヒョウガは、弟子の改悛を期待しているカミュを押しのけてシュンの前にくると、突然シュンの両手をしっかりと握りしめました。 そして、今日初めて会ったばかりの男の子に手を握られてどぎまぎしているシュンに、にっこりと笑いかけてくれたのです。 「可愛い。名前、何てんだ?」 「あ……僕、シュンです」 「シュンかあ。顔だけじゃなく名前も可愛いな。シュンは俺みたいなの、好きなタイプ? どういうのが好みだ? 俺、そういうのになるから」 「え……?」 そんなことを急に言われても、シュンには何と答えていいのかわかりませんでした。 シュンはまだ4つの子供で、誰かに口説かれるなんて、これが初めてのことだったのです。 ただ、自分を見詰めるヒョウガの瞳がとても青くて とても綺麗なので、シュンの心臓はどきどきしていました。 そんな初々しいシュンはともかく、シュンと大して歳の違わない子供のくせにすっかり擦れている弟子の態度に、カミュが二股眉をぴくぴくと引きつらせます。 「反省の色も何もないようだな」 「反省の色ってどんな色だよ?」 どうしてヒョウガはいちいちそんなふうに自分の先生に突っかかっていくのだろうと、シュンは思いました。 でも、反省の色がどんな色なのかはシュンも知りませんでしたから、ヒョウガはきっと 純粋に疑問に思ったことを口にしただけなのだろうと、シュンは考え直しました。 残念ながら、カミュはそんなふうには受け取らなかったようでしたが。 「よくわかった。おまえはもう半年ほど氷の棺の中で、自分のしたことを考えろ!」 「ちょっと待てよ、俺はシュンと話が──」 ヒョウガのタイム要求を無視して、カミュがまた魔法の呪文を唱え始めます。 「半年後、また出してやる。それまでしっかり反省していろ」 そうして――。 シュンの目の前で、ヒョウガはまた氷の棺に閉じ込められてしまったのです。 氷の棺の中のヒョウガはもう固く目を閉じて、身じろぎもしません。 「ヒョウガ……」 シュンは、その時――どうしてでしょう。 このままずっとヒョウガの側にいたいと思ったのです。 その願いは叶いませんでしたけれどね。 カミュはシュンに洞窟を去るように言い、シュンは神父様と仲間たちの待つ教会に帰るしかなかったのです。 翌日シュンは神父様と一緒に、魔法使いのカミュからもらったマツユキ草の花カゴを持って、お城のお姫様のところに出掛けていきました。 もちろんお姫様は大層喜んで、シュンにたくさんのご褒美をくれましたよ。 シュンと神父様の話を聞いたお姫様は、その上、シュンたちの住む古い教会の建て直しを命じ、ついでに福祉制度の見直しを開始。 そんなわけで、我儘なお姫様の人気はまたまた急上昇したのです。 それは、でも、あんまりこのお話には関係ないので、このへんでやめておきましょう。 |