それからちょうど半年後。
北の国には短い夏が訪れていました。
その日が来るのを待ちかねていたシュンは、もう一度あの森に出掛けていったのです。

シュンはヒョウガに会うことを心から求めていましたので、魔法の森はすぐにシュンの前に道を示してくれました。
半年前には雪で覆われていた洞窟の入り口の周辺も、今は眩しい緑と花々で飾られています。
シュンは逸る心を抑えきれずに、星の通路を駆け抜けました。

「あちー」
「反省したか、このいたずら小僧!」
シュンが洞窟の奥の広場の入り口に辿り着いたのは、ちょうど魔法使いのカミュが魔法の呪文を唱え終わった時だったようです。
洞窟の中は、外に比べるとずっと涼しかったのですが、半年ぶりに氷の棺から出されたヒョウガは、真冬と真夏の気温差にうんざりしているようでした。

「シュンー! 来てくれたんだな!」
そのヒョウガが、広場の入り口の岩の陰に隠れるように立っていたシュンを目ざとく見つけ、嬉しそうにシュンの名を呼びます。
反省の色の確認を弟子にあっさり無視されたカミュも後ろを振り向いて、そこにシュンの姿があることを認めると、彼は少し驚いたような顔になりました。

「君は……」
「あの……僕、ヒョウガが心配だったから……」
「シュンは優しいなー。やっぱ、俺が一目惚れしただけあるぜ。うん」
得意そうにそう言って、ヒョウガがシュンの側に駆け寄ってきます。
反省の色もなく浮かれている弟子の後ろ姿に、カミュは不愉快そうな声を投げかけました。

「たかだか5つかそこいらのガキが何を色気づいている」
「いい歳して独身の先生を見てたら、早いとこ、好きな子つかまえとかなきゃって思うだろ」
「僕は……」

シュンはもちろんれっきとした男の子でした。
ですから、ヒョウガにそう言おうとしました。
けれどもシュンは、半年振りに出会ったヒョウガの笑顔が眩しくて、なぜだかヒョウガに本当のことを言えなかったのです。
ヒョウガが『一目惚れ』した『好きな子』が自分でいる時間を少しでも長引かせたいと、シュンは思いました。

「私はまだ20歳だ」
「俺の4倍もいい歳じゃん」
カミュにベーっと舌を出してみせるヒョウガの手は、いつの間にかちゃっかりシュンの肩を抱いています。
シュンの心臓は、それだけでどきどきどき。
そして、反省の色を知らないシュンにも、ヒョウガが自分のいたずらを反省していないことはわかりました。

ましてカミュにそれがわからないはずがありません。
「反省はしていないようだな」
「俺は、二股眉の方が面白くて好きなんだ!」
「では、もう一度氷の棺の中に戻れ!」

せっかく半年振りに会えたのに、またこんなに早くヒョウガとお別れしなければならないのでしょうか。
それがあんまり悲しくて、シュンは泣きたい気持ちになりました。
それはヒョウガも同じ気持ちだったのでしょう。
彼は、彼を再び氷の棺に閉じ込めようとするカミュに、シュンの気持ちを代弁するようにお願い(?)してくれたのです。

「その前に、30分……いや1時間くらいでいいから、シュンと話させてくれよ!」
「何を図々しい。おまえは自分の立場がわかっているのか」
「北の国の刑法では、被害者の権利は定められてないけど、犯罪者の権利は認められてるはずだぞ!」

国の法律を無視して私刑を加えている相手にそんなことを訴えるのも無意味というものですが、ヒョウガはあえて、まるで極東の某島国の法律のような北の国の刑法に言及し、自らの権利をカミュに要求しました。
『刑法』だの『犯罪者の権利』だのという言葉は、シュンには聞き慣れない言葉――縁のない言葉でした。
そんな難しいことを知っているヒョウガはなんて賢いんだろうと、シュンは思ったのです。

もちろん、魔法使いのカミュは、そんなヒョウガの訴えには耳を貸す様子も見せませんでした。
けれど、彼は、
「それに、俺、自分と同じくらいの歳の友だちいないし……」
という、ヒョウガの付け足しのような呟きで、気持ちを変えたようでした。

「――1時間だけだぞ」
クールぶっているようですが、カミュはもしかしたら本当はとても甘い先生なのかもしれません。
彼はヒョウガの願いを聞き入れて、シュンとヒョウガを広場に残し、洞窟を出ていったのでした。






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