さほどの力もない敵は、だが、己れの無力を知っているが故に奸計をめぐらせてきた。
数に頼んで聖闘士たちの切り離しにかかった彼等は、分断させた青銅聖闘士たちに、更に数で攻めてきたのである。
結果、星矢たちは、一人で4、50人の敵を相手にすることになってしまったのだった。

が、騎士道精神を無視して 平気で複数人が同時に攻撃を仕掛けてくるとはいえ、所詮は烏合の衆、身体のみを鍛錬した雑兵の群れである。
氷河は余裕で次々に敵を倒していたし、他の仲間たちもそうだろうと、彼は信じていた。

その氷河が敵の前に隙を見せてしまった直接の原因は、少し離れたところで闘っていた瞬の叫び声が彼の耳に届いたからだった。
続いてすぐに、瞬の逆襲を受けたらしい敵の咆哮が響いてきたところをみると、瞬に大事が起こったわけではなかったらしかったが、問題は瞬の声に気を取られた氷河の方だった。

小宇宙こそ強大ではないとはいえ、アテナのいる聖域に乗り込んでくるほどの豪胆さを持った敵である。
彼等は、戦闘のための鍛錬を積んだ者たちだった。
しかも、その時点で、氷河の周囲には20人ほどの敵が、まだ動ける状態で残っていた。

「しまった……!」
自分が作ってしまった隙に氷河が気付くのと、数人の敵が氷河に向かって拳を放つのが、ほぼ同時だった。
そして、それと全く同じ瞬間に、氷河と敵の拳の間にシュンが飛び込んできたのである。

アテナの聖闘士に立ち向かってくる敵が銃器等の武器を持っていないのは、それらの武器よりも自らの拳の方が力を持っている事実を知っているからだった。
氷河を庇うために複数人の敵の拳の軌道の先に我が身をさらしたシュンの身体は、力の加減を知らない乱暴な子供にヌイグルミが引きちぎられるように、容赦なく地面に叩きつけられた。
「シュンっ!」

シュンの身体が生物のそれではなく機械の身体だということは、数日前に思い知らされたばかりだった。
氷河はその事実を認め、納得しているつもりだった。
だが――。

不自然に捻じ曲がり ちぎれかけた脚、その脚と胴体を繋ぐ 糸のように細い幾本もの金属線、半分以上砕けてしまった頭部から覗く集積回路を作りつけた半導体基板――それらのものを見せられて、氷河は動じないわけにはいかなかった。
瞬によく似たシュンは、血の通っていない機械にすぎないのだ。

その機械が――ぼろぼろになり、前脚を失った機械が――それでも立ち上がって、氷河と敵の間に割って入ろうとする。
……」
氷河はそれ以上、“瞬”のそんな姿を見ていたくなかったのである。
シュンの身体が崩れ落ちる様を見ないために、氷河は敵に視線を向けた。

「貴様等―っ !! 」
聖域の被害を最小限に抑えるため、そして、できれば敵の命も奪わずに済むようにと抑えていた小宇宙を、氷河は爆発させた。
彼の周囲にいた数十人の敵が全員、一瞬で地に倒れ伏す。
だが、そして、敵を倒してしまうと、氷河は再びシュンの姿を見ないわけにはいかなくなってしまったのである。
機械の――人の手によって工場で作られた、血の通わない機械の――破損された姿を。

……」
シュンはいったい、自分がたった今 死にゆく身だということを自覚しているのだろうか。
機械には、『死』という概念があるのだろうか。
――あるようには見えなかった。

手も足も――身体のほとんどが動かなくなっているシュンが、『瞬』を呼ぶ氷河の声に反応して、ぱたぱたと尻尾を振る。
いつものように嬉しそうに。
だが、いつもより鈍い動作で。

氷河が見ている前で――やがて、シュンは動かなくなった。





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