「シュンは機械だった。心はなかったはずだ。なのに、なぜこんなに悲しいのかわからない。心のない機械と思ってしまえば悲しまずに済むはずなのに、そう割り切ってしまうこともできない」 シュンの神ではない氷河は、だから、シュンの神に訊いてみたのである。 氷河の恋人でもあるシュンの神は、抑揚のない声で氷河に反問してきた。 「心って何? 知識や経験を元にして、脳が作り出す思考や感情の総称? だとしたら、あの子は、有機物じゃなくて機械でできたものだったけど、脳は持ってた。へたをすると人間よりずっと上等の脳を持っていたよ」 「…………」 それはそうである。 シュンは無邪気ではあったが、利口でもあった。 けれど、それを『心』と呼んでいいのかどうかは、氷河にはわからなかった。 シュンは瞬のコピーである。 コピーに心は宿るのだろうか。 それとも、やはりシュンは、心を持たない機械に過ぎなかったのか――。 氷河のそんな迷いに、シュンの神は、いとも簡単に神の見解を示してくれた。 「でも、心って、そんなものじゃないでしょ。心って、氷河があると思えばあるものだよ」 シュンの神は、そう考えているらしい。 「人は一人では存在できないけど、それはモノだって同じだよ。誰も知らない森で木が倒れた時、その音を誰も聞いていなかったら、その音は存在しないも同じでしょう?」 「氷河は、道で擦れ違って二度と会うことのない人に心があることを意識する? 永遠に触れ合わないだろう人の心を意識する人はほとんどいない。それはないも同じだよ」 「心も同じだと思う。機械でも花でも動物でも、そこに心があると思えば、それは存在するの。氷河があると思うのなら、あの子にも心はあったの」 あると思えばあるもの。 それがシュンの神が定義する『心』だというのなら、あの小さくて健気な機械の生き物が心を持っていたことは、氷河にとっては紛れもない事実だった。 「誰かの心の存在に気付いて認めることが、その対象を愛するってことでしょう? それができない人が他者の心を認めず、人の心を思い遣れない人たちが敵を作り、戦いを起こすんだ」 悲しげに瞼を伏せてそう言ったシュンの神は、だが、すぐにきっぱりとした口調で続けた。 「あれを命と言っていいのかどうかは、僕にはわからない。でも、あの子には心があった。僕がそう感じてるから。氷河がそう感じてたから」 瞬にそう言われて初めて、そして、やっと、氷河はシュンの死を迷いなく悲しめるようになった。 そして、シュンの幸福を信じることもできるようになったのである。 「……そうだな。俺は多分、あの機械の犬っころを愛してたんだ」 それが氷河の悲しみの源だった。 そして、シュンの心を信じ認めていたことを自覚することで――シュンへの愛情を自覚することで――氷河は、幸福感のようなものも手に入れることができたのである。 愛が人を幸福にするとは、こういうことを言うのかと考えながら、氷河は瞬を抱きしめた。 |
■注 「誰もいない山奥で、誰にも知られず木が一本倒れた。そこに“音”は存在するか」
by Fredric Brown 『 cry Silence 』 |